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君の隣にいるために その6

 鋼牙とザルバは閑岱に向かうはずだった。
 しかし、閑岱は歩いて簡単にいけるという場所ではない。
 時間の短縮には、どうしても魔戒道を使った方がいい。
 ただ、時空の狭間に入り込んでいる鋼牙が魔戒道を利用して大丈夫なのかという問題がある。
「邪魔が入れば、そのときは切る」
『おい、アッサリと言うな!』
 ザルバは思いっきツッコミを入れたが、閑岱も元老院も番犬所も魔戒道を使う危険度は変わらない。
 魔導輪は'急がば回れ'という何処かの格言を思い出したが、そのときには既に、彼の相棒は魔戒道に足を踏み入れている。
『鋼牙! おい!!』
 慌てると魔導輪も次の言葉が出なくなるらしい。
 さんざん騒いだ後、彼はようやっと次の言葉が出た。
『あきらかにいつもの魔戒道と違うぞ〜』
 ザルバの声は虚空に吸い込まれたのだった。


 ところが彼らは途中で急激な力の存在に引っ張られた。誰かに腕を掴まれて放り投げられたような感覚。
 出口として吐き出されたのは、何処かの森の中だった。ただし、周りには枯れ木が多く、少し離れたところから葉の茂った木が生えている。
 目の前には光の糸と魔戒文字が現れては消える不気味な洋館。
 近づいてみると、火花が飛び散り鋼牙は自分の周りの空気が震えたことに気が付く。
「結界だ」
 しかも、時空の狭間にいる自分にまで影響を与えるというのは、そもそもこの場所は空間が不安定になっているのかもしれない。
『それじゃ、もしかしたらここに俺たちが元に戻れる方法があるかもしれないな』
「あるいは……」
 鋼牙は黙る。逆に時空の果てに飛ばされるかもしれない。
 洋館を見上げていると、背後から人の声が聞こえてきた。とっさに彼は木の陰に移動し、気配を消す。こういう行動が必要なのかはわからないが……。
 やってきたのは、二人の魔戒剣士と一人の魔戒法師のだった。
 親しいわけではないが、破滅の刻印に苦しめられていたとき見かけた気がする。


「ここか……」
 先輩格っぽい魔戒剣士の言葉に男の魔戒法師が頷く。
「この屋敷は我々が三日かけて結界を強化しました。中にいるものは絶対に外に出られません」
 そういいながら魔戒法師の方は魔導筆を使って、界符を二人の体に張り付ける。
「この界符を付ければ、一応、我々は中にいるホラーにはわかりにくくなっています」
「時間は?」
「およそ3時間です」
「短いな」
「仕方ありません。それでも長い方なんです。銀牙騎士の手元にある特別な界符は2時間しか持ちません」
 鋼牙には話の意味が分からないが、魔戒騎士も魔戒法師も味方だと判断しているので、零が何か特別な任務に就いていると考えた。
 ようやく法師は二人の魔戒騎士に界符を付けることが出来たらしい。
 先輩格の魔戒騎士が魔戒法師に言う。
「貴方の身は我々が守るから、絶対に躊躇わずに動いてください」
「分かりました」
 するともう一人の魔戒騎士が洋館の方を向いた。
「この中の敵は器選びが無節操だそうだけど、この界符で大丈夫になったりしないのか?」
 彼は胸に貼られている界符を指さす。
「それは正直言ってわかりません」
 済まなそうな顔をする魔戒法師に、魔戒騎士は頭を下げる。
「失礼しました。気にしないでください」
 三人は洋館の方を向く。
「こう言ってはなんだが、今は閃光騎士狼怒が器に選ばれている。彼が囮になるそうだから、我々には見向きもしないはずだ」
 この話に鋼牙は驚く。
(レオが囮だと……)
 中にいるホラーは何か特殊な存在なのだろうか?
 そう考えたとき、鋼牙の耳に衝撃的な言葉が飛び込んできた。

「それにここで奴をくい止めないと、再び黄金騎士牙狼の奥方が狙われる」
「冴島鋼牙には恩がある。彼が約束の地から戻るまでは、なんとしても奥方を守るんだ」
 三人は頷き合うと洋館に向かって駆けて来る。
「術で結界に穴をあけます」
 結界が張られて場所を魔戒法師が魔導筆を使って突破したとき、二人の魔戒騎士の後を鋼牙もまた滑り込んだのだった。 


 三人の男たちは案の定、鋼牙に気が付かない。それ以上に中の様子に彼らは驚いていた。
『なんだぁ』
 ザルバもまた驚きの声を上げる。
 結界の中は白い霧に包まれていて、既に大量の紐や糸、そして魔戒文字が乱舞しているのだ。洋館の敷地内に入ったという光景ではない。
「この感じは……」
『真魔界と同じ空気を感じるぞ』
 後ろを確認すると、既に入り口は塞がれている。

「とにかく先を急ごう」
 三人は先へと進む。少ししてザルバが声を出した。
『鋼牙、来るぞ』
 彼らの頭上に見える朧気な影。鋼牙はジャンプすると、影に向かって剣を突き刺す。手応えが微かにあるが、どうみても致命傷にはならない。
 しかし、二人の魔戒騎士が影に気が付いて戦闘態勢に入った。
 どうやら鋼牙が攻撃するまで、全然気が付かなかったらしい。
「法師どのを守れ!」
 先輩格の魔戒法師の言葉に、もう一人が魔戒法師の手を取って駆け出す。
「私も戦います」
「貴方にはやるべきことがあるのです!」
 二人の会話に鋼牙は、どうやら魔戒法師を目的の場所まで連れていかなくてはならないことを理解する。
「行くぞ」
『そうだな』
 鋼牙もまた二人の後を追う。ここにいても戦いの手助けは出来ないし、むしろ戦闘状態にはいっている魔戒騎士の邪魔にしかならない。何しろ彼には鋼牙が見えないのだから。
 張り巡らされている糸と浮かぶ魔戒文字は進むにつれて密度を増してゆく。糸に触れるたびに、鋼牙はピリピリとした刺激を感じた。
『また来るぞ』
 今度は横からである。再び鋼牙が素早く攻撃する。それによって魔戒騎士が敵の存在に気が付いた。
『あの界符、大丈夫なのか?』
「敵は彼らが見えているわけではない」
『何だって?』
「この糸に触れているものを確認しに来ているようだ」
 しかし、彼らには張り巡らされている糸は見えないのか、ピリピリした刺激を感じないらしく、気にもとめずに突き進んでいた。

──オマエタチ三人ハ、ココデ死ヌノダ。

 顔は人間なのに体の異常に大きいホラーの言葉に鋼牙は一瞬、自分のことが見えているのかと思った。
 すると魔戒騎士が魔戒法師へ叫ぶ。
「さぁ、先に進んでください」
 しかし魔戒法師は躊躇っている。ここで一緒に戦えば勝機があると思えるから。
 だが、鋼牙の目から見て魔戒法師がいない方が魔戒騎士は思う存分戦えるようにみえた。
 特に室内戦は息のあったコンビでないと、肝心なところでミスを起こしてしまう。
『おい、鋼牙……』
 ザルバが呼びかけたとき、鋼牙は行動を起こしていた。
(どこか掴めれば!)
 彼は思い切って魔戒法師の持っている魔導筆に手を伸ばす。
 すると霊獣の毛で出来ている筆の先端を掴むことに成功。魔導筆の妙な動きに魔戒法師は驚くが、この人物は魔導筆から手を離すことなく鋼牙に引っ張られてゆく。

 それを追おうとしたホラーの前に、魔戒騎士が立ちふさがる。
「貴様の相手は俺だ」
 彼は剣を構えた。


 鋼牙に引きずられて、魔戒法師はわたわたしてしまう。
「魔導筆の霊獣よ、私はもう迷わない。だから大人しくしてくれ」
 彼の呼びかけに、鋼牙は何を言っているんだ? という顔をする。
『おい、鋼牙。こっちはこの魔戒法師の向かう先を知らないんだぞ』
 ザルバの言葉に彼は魔導筆から手を離す。魔戒法師はほっとしたように筆を引き寄せた。
 彼は魔導筆に呼びかける。
「さぁ、行こう」
 彼は駆け出す。その動きに迷いはないが、どうにも鋼牙には危なっかしく見えた。
 案の定、ホラーそのものではないが小さなトラップを踏みそうになって、鋼牙が筆で何度も方向を指図する。

 それでもようやく彼は目的地に到着したらしい。真っ黒く光る鏡のようなものに、一枚の界符を貼る。
 次に魔導筆で術を発動させると、その界符に向けて放つ。
 界符は魔戒法師の術を受けて金色とも白ともいえる光を鏡の表面に延ばした。魔導文字が浮き上がる。

『光と共に我ら古き災厄を恒久に封じん……?』

 その文字を読んだ瞬間、鋼牙とザルバはその場から弾き飛ばされたのだった。