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君の隣にいるために その3

 今、僕の目の前でサバックの頂上戦が行われている。
 僕はその会場で、優勝者に一枚の界符を渡すという役目があった。
 手の中にはあるのは、ギリギリのバランスで作られた特殊ホラーを倒すためのもの。ただ、あまりにもいろいろな力を封じ込めた。おかげで使わないときは魔戒法師が絶えず力抑えないと、手を離してから2時間くらいで自己崩壊が始まってしまう恐れがある。
 でも、この一枚を完成させるために、僕と一部の魔戒法師たちはこの一週間ほとんど寝ていない。

 特殊ホラー。名はない。
 名が付くより前に倒さないとならないから。
 名を持ってしまうと、あいつはこの世に存在理由を得てしまう。
 そこまで僕たちはあいつを警戒していた。

 戦いは零さんと翼さんで行われている。そして勝った方が、死者と会える部屋に入れるのだが、そこにこの界符を貼ってもらわないとならない。
 あいつはこの次元に存在するホラーではないから。
 一応、この界符ならあいつには効果的なはずだけど、死者と会えるという特別な部屋だ。部屋そのものが危険なものになるかもしれない。

 だから魔戒騎士たちはサバックを開くことにした。優勝者がその役目をするという、特例のサバック。
 そして強さの順位がついたら、あいつのいる結界を攻略する人間を決めるための試合。
『レオ、なかなか決まらないものだねぇ』
「二人とも実力が拮抗しているんだよ」
 本当に凄い。

 ここで疲労困憊はして欲しくないけど、一度始まったら止めることは出来ない。あの二人なら、そこら辺は考えてくれるだろう。僕よりずっと優秀な魔戒騎士なのだから……。
『あんたもしっかりしなさい』
 うん、エルバ、本当にごめん。本当に僕はみんなに心配をかけてしまった。
 あのときのことを思い出すと、自分のバカさ加減に落ち込みそうになる。 


 人間の意志に作用する危険な界符の存在を知ったとき、僕はシグマの事を思い出した。
 もしもこれが兄の作ったものなら、僕はそれを全て消滅させないとならない。それが僕の使命であり、存在理由なのだから。

 冴島邸での戦いの後、僕は元老院の管理下で三日ほど謹慎をすることになった。独房みたいな部屋に入れられたけど、理由は分かっている。
 兄シグマのことを早めに元老院に報告しなかったことだ。あのとき僕が早めに兄のことをみんなに伝えていれば、事態はもかなり変わっていた。言語に絶するような苦しみを味わっていた魔戒騎士の人たちの気持ちを考えれば、謹慎が三日で済んだ方が奇跡だ。

「レオは自分で決着をつけたかったんだろ」
 たとえそれが復讐だとしても……。

 僕は零さんの言葉にドキリとした。
 ミオにとって僕は幼馴染みで恋人の弟でしかなかった。それでも僕には彼女が大切だった。
 だから彼女がシグマの手にかかったとき、僕の半分は壊れてしまった。僕の中にあるシグマと同じ部分が、いつか暴走すると常々考えていたから。
 君の隣にいるために、ふと考えてしまう僕の暗い部分。それは赦しがたい罪で、ミオがいなくなったとき罰が下ったのだと思った。

 彼が持つはずだった閃光騎士狼怒の鎧。父は何故、僕に与えたのだろうか。僕とシグマは同じ魂を分けあって、この世界に生まれてきた。
 いつか嫉妬に狂って、この鎧と魔戒剣で双子の兄を葬るかもしれなかったというのに……。

「シグマは僕の鏡かもしれません……」
 すると零さんは僕の顔をじっと見た。
 今、僕は零さんの家にお邪魔している。
「あまり似ていない鏡だな」
「えっ?」
『そう? そっくりじゃない』
 零さんの魔導輪シルヴァの反応の方が普通だ。でも、僕の魔導輪エルバは楽しそうに笑った。
『シルヴァはまだまだだけど、銀牙騎士絶狼は良い男だね』
 この言葉にシルヴァはおかんむりになったけど、それを零さんが宥める。
「とにかくシグマって奴の昔を知らない所為か、あいつには切れすぎる抜き身の刃という印象しかない」
 切れすぎる刃……。納得。
「でもレオ、お前はその刃をちゃんと鞘にしまえる」
「……」
 僕は呆然としながら零さんの言葉を聞いていた。
「お前たちは、お前が思うほど似てはいない」
 急に何かがストンと胸に落ちたような気がした。僕が勝手に作り出した過去の呪縛。それが今、消えたのか?
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 そう言って零さんはテーブルの上のケーキを食べる。これで三個目……、よく入るなぁ。
「ところでその後、何かわかったか?」
 東の管轄を守る零さんには、あまり自由に動ける時間はない。それでも最近は、シグマのしでかした一件で縦割りでの管理は危険と元老院の方でも考えたらしく、スケジュールをちゃんと組めば、他のところから応援の魔戒騎士に来てもらえることになった。
 実際、騎士同士や法師との情報の共有で、今まで隠れていたホラーの炙り出しに成功したこともある。
 しかも行動が早いから、神官たちも自分たちが命令書を出す前に結果を聞かされて驚く事もあるらしい。

「閑岱にいる魔戒法師たちにも聞いたのですが、どうも問題の界符は今の時代に開発されたものではないみたいです」
「界符自体は新しそうだったぞ」
「ですから、開発されたのはかなり昔で、その情報を知っている者が新しく作ったみたいです」
 ところが問題は、そういうことに関わった魔戒法師というのが誰なのかがわからない。神官レベルはまだ未調査だけど、元老院の上層部でも今回のことは問題視していて協力的だ。
 閑岱の年寄りたちにも尋ねたけど、知らないとか覚えていないとか言うし、引退などして人里におりた者を知らないかという問いには生死が分からないと言われた。
「ですから零さんも、どこかで引退された魔戒騎士と会うことがあったら情報を引き出してください」
 このとき、零さんが何となく困ったような顔をする。どうしたのだろうか?
「零さん……?」
「あっ、いや、なんでもない」
「そうですか?」
 何か言いたそうだったので次の言葉を待っていると、零さんは苦笑いをしながら喋ってくれた。
「ただ、俺も義父さんから人間関係を聞いておけば良かったなと思っただけだ」
 たしか、零さんは道寺という先代銀牙騎士の養子だったはず。
「シルヴァは誰か覚えていないか?」
 零さんはシルヴァにも尋ねる。でも、彼女の返事は『零が来る前に、古い知り合いはほとんど亡くなったんじゃないかしら』というもの。
「ということは、あとは知り合いの知り合いが生きていたらというセンか……」
 情報を得るには布道の名だけでは限界だ。
「では、何かあったら零さんの名前を出してもいいですか?」
 こうなったら使える伝(ツテ)は何でも使わせてもらおう。
「俺の名前〜? それより道寺の名前の方がお守りになるぞ」
「では、そちらもいざとなったら使わせてもらいます」
 僕は頭を下げると、零さんの家を辞した。

 今回の界符ではあまりにも情報が少ないから、つい零さんに原因はシグマではないかなんて言ってしまったけど、今ではそれが間違いだって分かる。シグマにこういう界符は必要ない。元々、優秀で人を惹き付ける人間だったのだから。
 残念ながら僕には無いけど……。仕方がない。
 とにかく、まだ界符で号竜に付加機能を与えるという方が納得する。

 でも、その時代の開発者の人は、どうやって実験をしていたのだろうか?
 魔導文字も界符も、新しい文字をただ紙に書けば効果を発揮するというものではない。何か後ろ暗いことが潜んでいるのではないか。
 そんな気がした。