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君の隣にいるために その2

 もう少しでカオルに手が届く。
 そう思った瞬間、目の前の空間が歪んだ。
(しまった!)
 黄金の鎖が変化し続ける空間を無理矢理固定していたのだ。最後の最後で崩壊したのかもしれない。
 鋼牙は再び光の渦に引き戻された。

 虹色の空間に光の乱舞。目を開けるのが辛いくらいだった。
 しかし、その現象はしばらくして終わり、今度は真っ暗な世界が現れる。警戒しながら周囲を伺うと、近くで光が発生。彼の体はそちらに引っ張られた。
『あそこから出るしかないようだな』
「そうだな」
 そして引力のようなものが、鋼牙を別の場所に放り出す。そこは彼のよく知っている場所だった。


『おい、ここは英霊の塔の中じゃないか!』
 鋼牙も自分が出てきた場所の意外さに驚く。
 しかし、ここに入ったのに英霊たちの声が聞こえない。
「何かおかしい。とにかく外に出るぞ」
 彼は出口に近づくが、扉は動かない。
 それどころか、彼はそのまま扉をすり抜けてしまったのである。
 手に持っていたはずの鎖も今はない。
『もしかして時空の狭間に落ち込んだのか?』
 ザルバの言葉に鋼牙は駆け出す。冴島邸に行けば、家族同様の執事がいる。彼の反応で事態を認識しないとならない。
『でも、シグマとの戦いで家はブッ壊れちまっただろ』
「ゴンザなら同じところに家を建てる」
 鋼牙がいつ帰ってきてもいいように。
 そしてしばらくすると、冴島邸らしきものが見えてきた。
 何故、らしきものかというと建設途中だから。そこには大勢の職人たちが忙しく動いていた。
 会話はごく普通に聞こえるが、誰も鋼牙の存在に気がついていないらしい。
 何しろ彼が工事中の家の前に立っても、誰も声をかけたり注意をしない。
『鋼牙、かなりまずいぞ』
「ならば元に戻るまでだ」
 そしてこのとき、彼の耳に懐かしい声が聞こえてきた。 


「ゴンザさん、もうすぐ出来るね」
 建設に携わる人たちへの差し入れをカオルとゴンザが持ってきたらしい。
 ふと、鋼牙はカオルの服装が光の出口の先で見たものと違うことに気がつく。
(では、あれはいつの頃だ?)
 とにかく鋼牙は二人に近づいた。
 ゴンザが工事責任者と思われる男性に紙袋を渡して挨拶をする。男性はそれを受け取り礼を言うと、その場から離れた。
 カオルは建設工事の進む現場を見ている。
 鋼牙は二人の前で立ち止まった。
 しかし、二人とも気づく様子がない。やはり時空の狭間に自分は落ちたのだと鋼牙は納得した。
 このときカオルの胸元でペンダントがキラキラと光っているのが、彼の目に入った。
「ザルバ、カオルの胸元を見ろ」
『相変わらず薄着だな』
「違う」
 鋼牙に睨まれて、ザルバはこれ以上茶化すのは止めた。下手をすると指から外され岩の上で魔戒剣を振りおろされかねない。
「とにかく見るんだ」
 鋼牙はカオルの胸元近くにザルバを向けた。
『おい、鋼牙。あのペンダントだ!』
「そうだ」
 しかし、今の段階ではペンダントの鎖は壊れてはいない。どうやらどこかの階段(?)で座っているカオルは、これから先のことなのかもしれない。
「鋼牙、帰ってきたらきっとビックリするよね」
「奥さま、まだ工事は半ばですよ」
 自分に気がつかない妻と執事。鋼牙の心に冷たいものが忍び寄る。
『鋼牙、元に戻ったら、ちゃんと驚いてやろうぜ』
「……そうだな」
 少し考え込む鋼牙の前で、二人は会話を続ける。
「ゴンザさん、その奥さまって……」
 カオルは照れているが、どこか表情が暗い。
「いいえ、どなたがなんと言おうと、鋼牙さまの奥さまはカオルさまです」
 ゴンザの力説に、鋼牙はカオルを取り巻く状況があまり良くないことを察した。
 誰かがカオルの存在を否定しているのだろうか?
 しかし、ゴンザの言葉は鋼牙の想像を超えていた。
「よりにもよって奥さまを駆け落ちに見せかけて拐かそうなど、許しがたいことです」
 ザルバはこのとき、何か空気が変わったのを感じた。
 実際に鋼牙の表情が、怒りに満ちている。
「拐かしだと……」
 鋼牙の呟きに対応するかのように、カオルが慌てる。
「私はもう大丈夫! 零くんたちが対応するって言ってくれたし、邪美さんが閑岱からこのお守りを持ってきてくれたから」
 彼女は絵本の主人公である黄金騎士の形をしたペンダントトップを持つ。
「きっと何もかもが解決したら、詳しいこと教えてくれるよ」
 カオルは笑顔を見せたが、鋼牙の方は怒りが収まらない。
『ということは、まだ解決していないということらしいな』
 ザルバの言葉に鋼牙は頷いた。 


 とにかく情報を収集しようと踵を返したとき、カオルがゴンザにあることを尋ねる。
「ところでゴンザさん、鋼牙がすぐにでも帰ってきたらやっぱりホテル住まい?」
「そうなりますが、何か?」
 自分の話題ゆえ、鋼牙は立ち止まる。二人の会話は続いた。
「あのね……、鋼牙がもし良いって言ってくれたら、ちょっとだけ私のアトリエで寝泊まりしてくれないかなぁって思ったの」
 恥ずかしそうに言う彼女に、鋼牙の方が驚く。
『あのアトリエにかぁ?』
 片づけが苦手で、冴島邸で間借りしていた部屋すら散乱状態にしたカオルと一緒に? あの家で??
 このとき彼は本気で悩んだ。その前にすべき事は山ほどあるのだが。
「ゴンザさんほど上手くは出来ないのは分かっているのだけど……、ごめんなさい! 今のは聞かなかったことにしてください」
 真っ赤になって言うカオルの可愛らしさに、鋼牙はどう対応して良いのか分からなくなる。これは朝から晩まで自分といたいという事にとって良いのかもしれない。
 だが、少なくともそういう台詞はゴンザではなく、自分に直接言え! と声を大にしたい。
『よかったなぁ、鋼牙。奥方は旦那を独占してみたいそうだ』
 ザルバの今度の茶化しには、さすがに鋼牙も睨みきれない。嬉しいという気持ちをまともに喰らってしまったのだから。
 触れることが出来ないのは分かっているが、カオルの体を抱きしめる真似をする。彼は暖かな彼女の心を感じたような気がした。
 ところがこの幸福も長くは続かない。カオルの次の言葉によって彼は正気に戻った。
「ゴンザさん、まずは鋼牙が戻ってきたら、私のスペシャルメニューでお祝いしようね」
 さすがに執事もこれには慌てる。
「そ、それはこのゴンザめにお任せください」
 何しろカオルは壊滅的に料理のセンスが無い。


  『おい、鋼牙。これは真っ先にカオルと再会して、動きを封じることを勧めるぞ』
 ザルバの提案に鋼牙は頷く。
 他の人間と会ってカオルにその連絡が行けば、彼女はもしかすると料理を作り始めるかもしれない。そんなことになれば、約束の地から戻った直後に別の場所に意識が飛ぶという踏んだり蹴ったりな事態になるのは明らか。
「とにかく、カオルの身に起こったことを調べる」
 その前に時空の狭間からの脱出が先だろ! と、ザルバは思ったが、今の鋼牙に言っても無駄なのは経験上分かっている。
『出口への手がかり探しも忘れるなよ』
 一応、釘は刺したが何処まで理解しているのやら。
 鋼牙とザルバはまず、閑岱へ行くことにした。