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君の隣にいるために 番外編 2 その19

 朝日がかなり昇り、『木』のあった場所には何もなくなっていた。
「鋼牙、あの鳥さんたちは何っていう名前なの?」
 カオルの問いに鋼牙は、どう説明しようか迷う。
『鋼牙、カオルが何か聞いているぞ』
 そしてザルバは余計な口出しをするが、助ける気はないらしい。
 しばらく二人は見つめあう。
 この沈黙がおかしかったのか、邪美がカオルに笑いをこらえながら話しかけた。
「あの鳥たちは『木』に巣を構えていた精霊だ」
「精霊!」
 カオルは目を輝かせて、邪美を見る。
「おい、邪美!」
 翼が止めようとしたが、鋼牙に止められた。
 この中でカオルだけがあの鳥を知らない。というか、酔っぱらったことすら忘れている。
 本当のことを言えない場合、建前は必要だった。


「すごく巧く隠れていたから、閑岱の方でも知らないはずだ。だから、名前はあたしたちも知らない。適当に『守護役』と言っていたからね。今回は、たまたま牙狼が嫁を連れてきたから、好奇心で現れたらしい。そうそう、どうも人間が好きみたいだから、このまま居なかったことにすると、また里に来てくれる可能性がある。だからカオルも閑岱の人には黙っていてくれないか?」

──妖精は人に正体を知られると、二度と現れなくなる。

 絵本作家でもあるカオルは、この手の話は嫌いではない。
 しかも今回、彼女にとって不思議がいっぱい詰まった閑岱で聞かされたのだ。
 彼女は「わかったわ!」と、嬉しそうに何度も頷いた。
 これによって、他のメンバーも沈黙を守ることを約束する。
 もう証明の出来ないことを他の人に喋っても益はないし、うっかり元老院あたりの耳に入れば、羽根をよこせと言い出す可能性がある。それでは守護役たちの気持ちが無駄になってしまう。
 規律に関しては考え方の固い鋼牙や翼も、今回は邪美の判断に無言で同意した。
「でも、守護役さんたち、木がなかったらここへ戻れないよね。種が落ちてないか、ちょっと探してくる!」
 彼女は木が枝を広げていた範囲の地面に、種らしきものが落ちていないか探し始める。
 その行動に、鈴とレオ、烈花も協力し始めた。
 翼は鈴に無理矢理協力をさせられる。


「……邪美、助かった」
「いいってこと。あんたに説明しろなんて、無茶だからねぇ」
 それに口裏を合わせるときは、一度に情報を共有した方が都合がいい。
「さて、あんたも種探しに協力するだろ」
「……」
 このとき彼女はわざとらしく、何かを思い出したかのような素振りを見せた。
「そういえば、守護役たちから伝言があった」
「伝言……?」
「幸せになれ。ヴァランカスの実の情報を人間側が何度抹消しても記録しなおして守ったのは、それを必要とした者を不幸にする為じゃない。以上だ」
 伝言内容の意外さに、鋼牙は言葉が出ない。
 このとき、カオルが「もしかして、これじゃない?」と大声を出した。 


 結局、全員でかなり探したのだが、見つかった種らしきものはカオルが発見した一つだけだった。
 白とも銀とも言えそうな、きれいな木の実。
 その種を『木』のあった場所に埋める。
「簡略だけど、植樹の儀式でもするか」
 こうなると魔戒法師の方がてきぱきと動いた。
「植樹の儀式?」
 カオルは鋼牙に尋ねるが、答えたのは翼の方。
「稀少種の木などを増やすときに、枯れるのをなるべく防ぐための儀式だ。完全に枯らさないというわけにはいかないが、かなり高い確率で大きく育てることができる」
 薬効を持つ木や草で作られた薬は、魔戒法師もそうだが、魔戒騎士たちもまた世話になっている。
 ゆえに、陰で彼らを守っている術と言えた。
「酒はほとんどなくなったけど、'月光芳'が少し残っているから、これを使わせてもらおう」
 そう言って邪美は惜しげもなく酒を地面にばらまく。
 夜明け前にいきなり発生した突風でどこかにぶつけたのか、その徳利にヒビが入っており、思った以上に酒は少ない。
 しかし、その芳醇な香りは周囲に広がる。
 四名の魔戒法師が魔導筆で次々と術をかけ、酒によって濡れた地面が虹色に輝く。
 いくつもの魔導文字が空中に現れた。
 そしてその光が大地に吸い込まれたあと、植樹の儀式は終了した。