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君の隣にいるために 番外編 2 その20

「さて、あたしたちも帰るか」
 とんでもないお月見になってしまったが、気分的にはさっぱりしているかもしれない。
「そういえば、カオルは自分の匂いを覚えているかい?」
 邪美に突然聞かれて、カオルは首を傾げる。
「匂い?」
「'月光芳'だよ。あの酒を飲んだ女性は、一晩中、花の香りがするはずなんだよ」
 そう言われて、烈花も自分の手首を鼻に近づける。
 特にそのような匂いは感じない。
「しかし、惜しかったねぇ。あの酒には伝承があって、一つの酒杯の中身を分けあって飲んだとき、それが運命の男女の場合は同じ香りになるそうだよ」
 しかしこれは、あくまで伝承。人間の体臭なども考慮すると、同じになることはまずないらしい。
 ということで、普通は女性だけが飲んで、男性はその花の香りを楽しむという使い方をするという。
 恋人同士や夫婦が伝承を確認しようとすると、後でいろいろと面倒な事態になるから。

 この瞬間、鋼牙、翼、レオはそれぞれ驚くやら残念そうな、微妙な表情になる。

「邪美……、それを知って、あんなことをさせたのか」
 魔戒剣を持って話しかける鋼牙の声は、何処か激情を抑えている雰囲気があった。
 しかし、邪美は特に気にしてはいなかった。
「伝承だよ。それに全員が酒を飲んでいるんだ。区別が付くわけないだろ」
 徳利から漂う匂いからして、結構強かったのだから。
『なるほどねぇ』
 ザルバは何かを思い出したのか、ニヤニヤした。 


 そして里へと戻るときになって、カバンの中をガサゴソと探っていたカオルが首を傾げた。
 カバン自体はちゃんと口を閉じていたので、中身が外に出るようなことはなかったが、身に覚えのない物が入っていたのだ。
「鋼牙、これ、何だろう?」
 取り出したのは一本の羽ペン。色はくすんだ青。しかも羽の部分が金属質っぽい
 金色の羽と対になりそうな大きさである。
 状況から言って、鋼牙はカオルに兵器の解説をさせた'あの'守護役の羽だと推測した。
 他のメンバーは鋼牙の反応を待つ。
 しかし、彼は表情を特には変えなかった。
「守護役の誰かが、カオルにだけあげたのだろう。持っていればいい」
 夫の言葉に、カオルは何かほっとしたかのように「そうするね」と言って、再び羽ペンを二つの金色の羽と同じ場所にしまう。


 邪美たちが先に帰るといって里へ向かった後、鋼牙はその場を去る前に、守護役たちの去っていった方に向かって一礼をした。
 その横でカオルもまた、一緒に頭を下げる。
 帰り道、二人は手をつないで歩く。山道ゆえ、彼女が転ばないようにという配慮からだが……。
 カオルは昨日からの出来事を鋼牙に話し、鋼牙はそれをただ聞いていた。
 この楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
 カオルの歩調にあわせていたので、それでも結構時間はかかっているが。


 そして閑岱の里が見えたとき、外には大勢の人が二人を待っていた。

「魔戒騎士が霊獣を伴って現れるなど、吉祥じゃな」
 一番前で待っていた我雷法師に言われて、カオルは慌てる。
 すると我雷法師の後ろで、レオが紙を持っていた。
 紙には『カオルさん、フードを被ってください。鋼牙さんは喋っちゃダメです』と書いてある。
 その隣では鈴が'お願いします'というポーズを取る。邪美や翼が緊張している。烈花も。
 何事かと鋼牙がカオルにフードを被せた。
 レオは紙をめくる。
『しきたりの一つ。言葉占いと思ってください。急遽実行中』
   我雷法師の言葉は続く。
「そのような魔戒騎士にはきっと良きことが起こる。そなた、ずっと一緒にいておくれ」
 その手を握られ、鋼牙の行く末を頼むような言葉。
 レオはもう一度紙をめくる。
 そこには『カオルさん、思ったことを口にしてください』とあった。
 カオルは「ありがとうございます! ずっと一緒にいます」と答える。

 このとき魔戒法師たちの魔導筆から光の蝶が一斉に乱舞し、閑岱の人々が「おめでとう」と拍手をしたのだった。


 〜終〜