君の隣にいるために 番外編 2 その17
東の空が少しずつ明るくなってゆく。もうすぐ夜が明けるのだ。 このとき不意に『木』を中心にして、突風が周囲に広がる。 そしてギラギラとした光が空間を裂くかのように、いくつも現れては消えていった。 烈花と鈴は何事かと木に近づく。 このとき夜明けの始まりつつある空から、複数の光が『木』に向かって落ちてきたのである。 「何だ?」 二人はしばらく様子を見る。 すると上から大きな翼を持った何かが舞い降りた。
零は体に強い衝撃を感じて、目を開けた。 「爺さん、俺、生きているのか?」 近くにいた燻し銀の色をした大きな鳥は、首を傾げる仕草をする。 (あぁ、言葉が通じなくなったのか……) 残念な気持ちで体勢を整えようとしたとき、ようやっと彼は自分が木の上にいることに気がついた。 (よくぞ下まで落ちなかった。俺って偉い!) 魔導輪のシルヴァに話しかけると、『私は平気よ。零はお爺さんと楽しそうだったわね〜』と、チクリと苛められた。 このツン加減が非常に彼には嬉しかった。日常に戻ったように思えるのだ。 「そうだ、レオ!」 どこかに放り出している気がする。 このとき下の方から烈花と鈴の声が聞こえてきた。どうやらレオは、そのまま下まで落ちたらしい。 守護役がそばにいれば、頭から落ちはしないだろうが……。 そして零の推測は当たった。
「大丈夫か?」 そう尋ねられて、邪美は木の上で自分が乗っかっている男の顔をじっと見た。 『木』の太い枝にいつの間にか転送されたのだが、この世界に出たときとっさに翼が邪美を守って自分が下敷きになったのだ。 (翼……) まさか『木』の最下層まで、彼が自分を迎えに来るとは思わなかった。 鎧を解除して差し伸べられた手。 邪美は迷うことなく、その手を取った。 (本当にあんたって男は……) そしてそんな男に妻にと望まれたことが嬉しい。 邪美は彼の胸にもたれかかる。 「大丈夫だよ」 自分で言って安心したのか、邪美はそのまま翼の胸に抱かれて眠りにつく。 翼は「少ししたら起こすからな!」と言いつつ、彼女の身体が落ちないように支えた。
閑岱の森に夜明けが訪れる。 「カオル……」 鋼牙は自分の膝に乗りもたれ掛かっている最愛の女性に声をかけた。 何度か呼びかけると、ようやっとカオルが目を覚ます。 それと同時に魔界竜の稚魚であるカオルも、鋼牙のコートから外へ飛び出した。 「なぁに?」 カオルは眠い目をこする。 それと同時に自分のいる場所が何かおかしいことに気がつく。 「あ……れ?」 どう見ても木の枝が視線より下にある。 何か嫌な予感がして恐る恐る下をみると、けっこうな高さがあった。彼女は慌てて鋼牙にしがみつく。 「な、なんなの!」 「もうすぐ夜明けだ」 鋼牙は太陽の昇る方角を示す。 カオルはそっと、そちらの方を向いた。 このとき、周辺の葉っぱだと思っていた存在が次々とその翼を広げ大空に旅立つ。 この光景にカオルは目を丸くした。 そのうち一羽の金色に近い色合いの大きな鳥が二人の前に現れた。 金属っぽい光沢のその鳥はしばらく二人を見たあと、大空へと去ってゆく。 あとには二つの金色の羽がふわりとカオルの手の中に舞落ちた。 「すごい、綺麗……」 生き物の羽というよりは、やはり金属っぽい気がしないこともない。 鋼牙はそれが、彼らなりの別れの挨拶なのだと理解する。 カオルを救うとき、守護役は最終手段とばかりに鋼牙に鎧と轟天を解除してもらい、直接鋼牙の身体に自分の飛行能力を移したのである。 それが一番早く動けるという理由で。 爆発からカオルを守り、鋼牙と共に外へ出るには限界までの速さが必要だったのだ。 その為、守護役も鋼牙も体力をかなり使ったが、何とか脱出するのに成功する。
鳥たちは次々と空の彼方に去って行き、木は枝だけとなる。 そして木もまた少しずつ朽ちてゆく。 「タイムリミットだ」 鋼牙はカオルを抱えると、素早く下へおりる。 カオルは悲鳴を上げながら、彼にしがみついていた。