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君の隣にいるために 番外編 2 その9

 老人は「みなさんにお会いできて良かった」と言うと、一礼して席を立つ。
 零が途中まで見送るつもりで立ち上がる。
 すると鈴もまた一緒に行くと言った。手にはお菓子を包んだ紙を持っている。

「あの人は木の精霊ですか?」
 レオの問いに邪美は「さぁ?」と首を傾げる。魔導輪たちも老人については何がなんだか分からない様子だった。
「初めてあったときは閑岱の森に棲んでいるとは言っていたけど、こっちとは別の領域に属しているんじゃないかな」
 住む世界が管轄違いになると、さすがに魔戒騎士も魔戒法師も老人を正しく認識出来ているのか確証がもてない。
 何しろ過去に閑岱を襲ったレギュレイスというホラーはホラーの祖と言われたメシアとは別の系統だったし、それを倒した鷹麟の矢というものを人に与えたという鷹麟鳥に至っては資料がほとんど残ってはいない。
 一応、悪い存在ではないという認識なので、彼らはその勘を信じることにした。


 ところがこの数秒後、『木』が突然強く輝いた。しかも狂ったかのように火花を散らす。
 このとき魔導輪たちを通じて、零から緊急の連絡が入った。
「白夜の件は終わってない!」
 この言葉に鋼牙は眠っているカオルを烈花に預け、翼と邪美、そしてレオが『木』へと走る。
 『木』の前では鈴がオロオロしており、零が木の幹を叩いていた。
「何があったんだ」
 翼が妹を抱き寄せて、背中を二度ほど軽く叩く。
「にぃ、邪美、あのお爺さんが……」
「何があったんだい?」
 鈴の説明によると、彼女が老人にお菓子を包んだ紙を渡したら、ほんの少し手が触れた。
 老人は驚いた様子で「お嬢ちゃんはレギュレイスに関わったのかい」と言ったのである。
 もう倒されている存在なので素直に頷いたら、老人は真っ青になって、「早くここを離れなさい。結界を張るので二度と来てはいけない」と言って木の中に入ってしまったのである。

 『木』は葉の部分が小さな火花を何度も散らす。
「レギュレイスは鋼牙さんが倒したのですよね!」
「皆で協力してだ」
 レオの認識を鋼牙は訂正する。
 邪美は木の幹を見ると、魔導筆を構える。
「あの爺さんに聞いてくる!」
「邪美!」
「やめろ、邪美!」
 翼と鋼牙が止めようとするが、彼女は一瞬早く幹の中に入ってしまう。
 次の瞬間、『木』を中心に地面に謎の魔法陣が現れる。それは文字が古くて、レオにもどんな意味なのかわからないものだった。 


 このとき、鋼牙を呼ぶ烈花の声がした。
「カオルが起きないんだよ!」
 烈花の腕の中で、カオルが眠り続けていた。

 レオが閑岱の里にいる我雷法師に里の様子を魔戒札経由で尋ねようとしたが、何かに阻まれて魔戒札が消滅してしまう。
「閉じこめられたっていうことか」
 鈴に早く離れろと言っておきながら、結界を張るのが早すぎる。いったい老人のところで何が起こっているのか。
 木は邪美の侵入を許した後、今度は強硬に人を近づけなくなった。
 何か透明な壁があるかのような状態なのだ。


 イライラしながら邪美からの連絡を待っていると、しばらくして紫色の光が空中に文字を作り始めた。

──ただいま、説得中。

「邪美、無事か!」
 翼が彼女を呼ぶ。

──頭の固いのがいる。殴ってくる。

「問題を起こすな!」
 これはその場にいたカオル以外の全員、魔導輪込みの叫びでもあった。

 そして幾度かの邪美からの情報提供により判明したのは、老人が霊獣におけるオリグスのように、鷹麟鳥の守護役の系統だったということ。
 その名については発音しにくい言語なので、守護役で話を進めるという。
 彼らはレギュレイス復活を阻止するために、鷹麟の矢を人間たちが使うよう促した。
 ところが守護役の中に、レギュレイスを完全に滅ぼすために、‘人間たちが負けたときのみ起動する対レギュレイス兵器’を作っていた者がいたのである。
 そして運命の日、レギュレイスは鷹麟牙狼となった鋼牙によって滅ぼされたのだが、今度は残った対レギュレイス兵器が突如起動しレギュレイスを探し始めたのである。

「なんてことだよ……」
 零は唸る。

 そして兵器は、老人に触れた鈴をレギュレイスを誘き出す生け贄に選んだのである。
 どうも鈴が邪美の尽力があってのこととはいえ、レギュレイスの毒に抵抗したことを重要視したらしい。

──爺さんも仲間を説得している。

「説得をすれば、その兵器は止まるのか」
 鋼牙の問いに、邪美の返事が戻ってきたのはしばらく経ってからだった。