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君の隣にいるために 番外編 2 その8

「あれ〜〜〜、くらくらする〜」
「何だ、飲み過ぎか?」  しかし、量としてはそんなに飲ませてはいない。
「……」
 鋼牙が彼女の肩を抱き寄せて、体を支える。
「ねむ〜い〜」
 どうやら初めて閑岱に連れていって貰えるということで、数日前から緊張と興奮と仕事で睡眠不足状態だったらしい。鈴が荷物の中から大きな布を持ってきて、カオルと鋼牙の肩に一緒にかける。
「体が暖かくなったから、一気に睡魔が来たみたいだな」
 しかし、カオルは眠るのが惜しいのか、頑張って起きていようとする。
「カオル、閑岱の里に戻るぞ」
 どう考えてもキャンプ慣れをしていないカオルに、この場で眠るというのは無理な話である。
 しかし、彼女は眠たい目を擦りながらイヤイヤという風に鋼牙の言葉を拒否した。
「朝日に輝く『木』も見たいの!」
「それなら夜明け前に連れてくる」
「それじゃ、鋼牙が大変だよ。私は大丈夫〜」
 そう言いながら寄りかかって、眠ろうとしているのだから世話がない。
 彼はカオルを抱き寄せる。
 ところが彼女は閑岱の里に連れて行かれると思ったのか、鋼牙の行為を腕を伸ばして拒絶した。
 そして爆弾発言をする。


「らいが〜、ひどいのよ〜」
 突然出てきた謎の名前に、その場の空気が凍る。
「らいが?」
「あ〜っ、鋼牙、忘れちゃったの〜〜? ひど〜〜い」
 カオルはいきなり鋼牙に背を向ける。
「らいが〜、お父さんったらひどいよね〜。お母さんと一緒にたくましく生きていこうね〜」
『おい、鋼牙、カオルはもう子供の名前を決めているみたいだぞ』
 しかも、鋼牙と離婚まで行きそうな展開である。
「なんだかよくわからないけど、話を合わせてみたら?」
 鈴の素直なアドバイスに、鋼牙は困惑しながら話をしてみる。
「カオル、俺が‘らいが’を忘れるわけないだろ」
「……だったら、今度はらいがと一緒にここでキャンプしようね」
「あぁ、わかった」
「らいが、お父さん大好きだから喜ぶよ〜」
 カオルは再び鋼牙に寄りかかる。
「うれしなぁ〜。そのときがちゃんと来ますように……」
 そう言って彼女は眠ってしまう。

「今のは何?」
 全員がわけの分からない親子劇場を見たような気がした。
 このとき、『木』が少しだけ明るく輝く。
 そして木の下に小柄な人物が立っていた。 


 一瞬、鋼牙と翼は警戒し魔戒剣と魔戒槍を持ち、烈花が魔導筆を構えるが、邪美に止められる。
「あのひとは……」
「あのときの爺さんだ!」
 そしてレオと零はその人物を知っていた。

「爺さんが遅いから、勝手に酒盛りをしていたよ」
 邪美は小柄な老人に声をかける。
「みんなに紹介するよ。知り合いの爺さんだ」
 紹介になってない! と魔導輪込みの全員が突っ込みを入れた。
「邪美さんの知り合いだったのですか!」
 レオは老人の意外な登場に驚く。しかも、初めて会ったときよりも穏やかな顔になっている。
 そして人という印象がしない。悪いものではないのはわかるのだが……。
「知り合いっていうか、レギュレイス討伐の後、ここで酒を飲んでいて声をかけられたんだよ」
 こっそりと何をやっているんだと翼は怒るが、邪美は気にしてはいない。
 老人は零の顔を見ると深々と挨拶をした。
「もしかして、俺の義父さんを知っているのか?」
 すると老人は、大昔にお会いしたと答える。

──魔戒法師たちの仕事に理解の深い方でした。

 何しろ新しい薬や界符は、まず自分が戦いの時に使ってみて、ダメな部分を分かりやすく包み隠さず制作者に伝えてくれるのだ。いくら称号持ちの魔戒騎士だしても、危険はつきまとうというのに……。
 彼は効果を知るために魔戒法師たちの命を犠牲には出来ないと、進んで協力してくれた。
 それゆえ、当時の魔戒法師たちは、他の魔戒騎士と反目しようとも銀牙騎士の言葉には耳を傾けたという。
 どんなに効果的なものが出来ても、彼が止めた方がいいといえば簡単に破棄するくらいに。


「凄い話ですね」
 レオは過去の経緯に驚く。
 それだけの絶大な信頼なら、確かに銀牙騎士の名を出せば老人は秘密を喋ってくれるだろう。
 先代の銀牙騎士の育てた子ならば、信頼に値する。その気持ちだけで、老人は大昔の明文化してはならない話をしてくれたのだ。
 このとき、シルヴァが零に話しかける。
『嘘は言っていないわね』
 確かに先代は似たようなことをしていた。
 しかし、それを息子の零には一度も言うことはなかった。真似をしては静香が悲しむからだ。
 だから零は養父の過去を部分的にしか知らなかった。
「義父さん……」
 けっこうヤンチャなことをしていたんだな……と思うと、血はつながってはいないけど親子なんだと証明されたようで、彼は心が温かくなるのを感じた。