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君の隣にいるために 番外編 2 その7

「カオルさ〜ん。邪美がにぃのお嫁さんになってくれるって〜。よかったぁ〜〜」
 嬉し泣きをしながら鈴がカオルに報告する。
「待て、鈴。俺は返事をもらっては……」
「にぃが諦めちゃったらどうしようって、ずっと心配だったんだよ。魔戒騎士って自分のことに関してはひとりで勝手に覚悟を決めているけど、家族とか恋愛については自分が我慢すれば全て丸く収まると思っているんだから!」
 鈴の説教に他の魔戒騎士たちの方が、痛いところを突かれたという顔になる。
 思わずカオルが拍手をしていた。
 翼も何か思い当たることがあるのか黙っている。
「邪美姉、この際年貢を納めてください」
 怒濤の如き恋愛事情の展開について、烈花も鈴の後押しをする。
 邪美はレオの方を見る。
「どこかの扉が閉まると、別の扉が開くものだねぇ」
 その艶やかな笑顔をレオは綺麗だと思った。
「そうですね」
 つられて彼も笑顔を見せる。ちょっと作り笑いっぽいが……。
 改めて邪美は鈴の方を向く。
「それなら、翼を貰うよ」
  「うん! にぃを貰ってください。返品は不可!」
 何かが違うと言いたくなるような会話に翼が文句を言う。
「おい、何だその言い方は!」
「いいの! にぃは邪美にあげたんだからね!」
 そう言いながらも鈴の目から涙が零れる。
「にぃ……、邪美、おめでとう……」
 鈴は声を上げて泣き出した。
「わぁ〜、おめでとうございます」
 カオルもまた貰い泣きし、鋼牙は眉間に皺を寄せながら翼に言う。
「ということは、これから邪美に関しては翼に抗議すればいいんだな」
 抗議が前提かよ! と零は心の中でつっこみを入れたが、表情には出さず酒を飲む。
『おい鋼牙、素直におめでとうと言ってやれよ』
 ザルバが相棒の対応を解説した。 


 人間たちが賑やかな会話をしている最中、魔界竜の稚魚であるカオルが邪美の近くにある酒徳利にふよふよと近づくと、その周辺をクルクルと回る。
 そしてカオルの方へ寄ると、彼女の頬に自分の鼻をツンツンと動かした。
「邪美さんの徳利が気になるの?」
 その問いかけに稚魚のカオルは嬉しそうに尾を振る。
「魔界竜って鼻がいいんだねぇ」
 邪美は少し大きめの酒徳利を前に出す。
「果実酒と聞いているが、中身は何なんだ?」
 密閉が完璧なのか、運んでいるときに少しも酒の匂いがしなかったので、翼にも中身は分からなかった。
「あのオヤジさん特製の花酒だよ。カオルに飲ませたいって言ったら徳利ごとくれたみたいだな」
 邪美は立ち上がると徳利をカオルのところへ持って行く。稚魚のカオルは嬉しそうに動いた。女性陣が興味津々に徳利を見る。
「でも、私が飲んじゃっていいの?」
 特製の花酒には興味があるが、貴重なものを飲んでいいのかと迷う。
「大丈夫。飲むと体が暖まるよ」
 そう言って邪美は徳利の栓を開ける。
「この酒には‘月光芳’って名が付いているんだよ」
 あいた瞬間、周囲に柔らかな花の香りが漂う。
「とはいえ強い酒だから、大量には飲ませられないけどな」
 そう言いながらも邪美は酒杯に酒を注ぐと、それを鋼牙に渡した。
「なぜ?」
 渡された鋼牙は眉をひそめながら器を受け取る。
「カオルに変なものを飲ませたら殺すと顔に出ているよ」
 邪美の返事にザルバがゲタゲタと笑う。
「鋼牙、全部飲むなよ。貴重な酒だ」
 制約が多いと思いつつ、彼は酒を半分飲む。
 柔らかな花の香りについては別に邪魔にはならない。酒も甘めだった。毒のような険のある成分も感じられない。
 彼は大丈夫だと判断して、酒杯をカオルに渡す。カオルは嬉しそうに残りを飲んだ。
「美味しい!」
「そうだろ。しかもこれは30年物の古酒だよ」
 別の器に彼女は酒を注く。
「烈花も飲んで見るかい?」
 差し出された酒杯を烈花も受け取る。
「強い酒だから少量ずつだ」
 飲み過ぎると二日酔いになると言われて、烈花はおずおずと飲んだ。
「姐さん、俺も飲んでみたい!」
 零が好奇心で言ってみると、邪美はニヤリと笑ってこれまた別の器に酒を注ぐ。
「翼とレオも飲みな。鈴は未成年だから今回は勘弁しておくれ」
 それとなく釘を刺されて鈴は膨れたが、兄の翼が怖い顔で妹の飲酒を警戒している。彼女は諦めるしかなかった。
「鋼牙ももう一杯くらい大丈夫だろ」
「……」
 飲み口は悪くないしカオルも勧めるので、鋼牙はもう一杯飲む。
 ところがいつの間にか、カオルの頭が大きく揺れ始めた。