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君の隣にいるために 番外編 2 その3

「閑岱? 邪美姐さんの呼び出しなら、行かないとならないな」
 ちょうど公園のベンチでクレープを食べ終えた零が立ち上がる。
「たしか明日だろ。鋼牙とカオルちゃんが閑岱に行くのは」
「……それが、邪美さんが今夜は月見酒に絶好だと言って、カオルさんをさっそく連れて来たんです」
 おかげで閑岱は黄金騎士・牙狼の奥方さまが来たということで、ひとしきり大騒ぎになったのである。
「姐さんも無茶をやるなぁ。鋼牙の怒りが目に浮かぶぞ……」
「でも、我雷法師さまも一枚噛んでいるらしくて、すぐさま歓待状態になりました」
 どうも鋼牙のカオルに対するガードの堅さは閑岱でも噂になっていて、下手をするとカオルと話が出来ないまま帰られてしまうのではと、彼らは思ったらしい。
「策士だな」
 魔戒法師の長である我雷法師を味方にしたのでは、鋼牙も邪美に対して睨みこそすれ抗議はしにくいだろう。
「でも、番犬所にも知らせずということは、俺がサプライズゲストとか?」
「そうなんでしょうか? 詳しいことは邪美さん、話してくれなかったので……」
 先程のことを思い出すと顔が赤くなりそうになる。
 それを誤魔化して、彼は楽しいことを企画しているという雰囲気はあったと言った。
「零さん、来て欲しいのは夜なので、ホラー狩りがあったら協力しますよ」
 すると零は大丈夫だと笑う。
「今日はお休み」
「えっ?」
 零の魔導輪シルヴァはやれやれ……といった雰囲気で説明をする。
『昨日、誰かに見られているとか言って、それを調べるために今日は他の魔戒騎士に交代してもらったのよ』
「誰ですか?」
「いや、そこまでは分かってない。女の子の熱い視線なら気にはならないし嬉しいけど、あれは何か観察というか、様子見みたいな気がした」
 放っておくかどうかをまずは調べたい。そう神官に言ったら、あっさりと許可が下りたのである。
 どうも第二、第三のシグマを神官たちも警戒しているらしい。
 そう言われると、レオも零を見ていたという存在が気になる。
 一緒に調べてみたくなり、つい尋ねた。
「姿は見ましたか?」
「見た。小柄な爺さん」
 このときレオは、自分に魔窟の情報を提供してくれた老人を思い出す。
 しかし彼は銀牙騎士に対して恩があったような態度だった。それが何であるのかは分からないが。
 それでも疑問は解決した方が良い。
「もしかして……」
 レオは自分が探している老人のおおまかな特徴を零に話す。
 零は「そんな感じの老人だ!」と驚きの声を上げる。
『あら、狼怒の知り合い?』
 シルヴァの問いにエルバが『レオの探し人だよ』と答えた。
「もしその人なら、零さんを一度見たかったのかもしれません」
「俺を?」
「どうも銀牙騎士に恩義を感じているようでしたから」
 道寺という名に反応した人だと説明すると、零は「義父さんの知り合いかな?」と嬉しそうな顔をした。


 その頃、邪美と烈花、そして鈴がカオルをとある場所に案内する。
 そこに生えている『木』はとても大きく、そして遠目から見ると青銀とも緑銀とも言える複雑な色合いの葉を繁らせていた。
 周辺には木が生えていないので、枝を大きく広げていて整った形をしている。
 カオルは初めて見たときから、この木に魅せられていた。
 話によると、この木だけがここら辺で唯一、月の光で輝く葉を持っていると言うのだ。
「さて、今夜はここで月見酒だよ」
 まだ日が高いのにカオルを連れてきたのは、日中の木の様子と夜の様子を見せたいためである。
「カオルさん、寒くなったら言ってね。防寒具を持ってきてあるから」
 鈴が言うとノリはキャンプみたいだが、魔戒法師たちは慣れているのかテキパキと準備をする。
「烈花さん、こういうの慣れているの?」
「野宿のことかい?」
 カオルは頷く。
「街住みの者たちでも、野宿は慣れているよ。ホラーの追跡を夜だからとか、山だからと言って断念するわけにはいかないからね」
 この会話に鈴も参加する。
「カオルさん、ここは結界内だからホラーは出てこないよ」
 ところが邪美は違うことを楽しそうに言う。
「ホラーは出てこないが、面白い客が来るかもな」
 面白い客。該当する人間が全然想像付かない言葉だった。
 これにはカオルだけではなく烈花と鈴も首を傾げてしまう。
「邪美〜、誰が来るの?」
 鈴が可愛らしく尋ねるが、邪美は笑うだけだった。
「それは秘密だ。それに……本当に来てくれるのか私にも分からないからなぁ」
 連絡はしたけど返事が来なかったということだろうか?
 カオルはよく分からないと思いながらスケッチブックを開く。
 そして絵を描き始めた。
 太陽は西に傾きつつある。
 彼女は朝日に輝く木も見てみたいと思った。


 同じ頃、翼は先程の邪美とレオの様子に、何か落ち着かなくなっていた。