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君の隣にいるために 番外編 1

鋼牙 編 
その2

「いきなり魔戒剣を突きつけるなよ。怪我をしたらどうするんだ!」
「お前がカオルのそばに近づくからだ」
 最初はこのような喧嘩腰の会話だったのだが、カオルが風邪をひいて寝込んでいると分かると、零の様子が変わった。
「カオルちゃん、もしかして空きっ腹で寝ているんじゃないのか」
 その剣幕に鋼牙はゴンザが後から来ると言ったが、零は鋼牙にケーキの箱を渡すと「待っていろ」と言って出かけてしまう。
 そして数分後、スーパーマーケットの買い物袋を持って現れたのだ。
「鋼牙! カオルちゃんは食欲があるのか聞いたか!」
「……あまり食べたくはないと言っているが」
 すると零は台所を借りると言って家の中に入ってしまう。
「おい、零」
「空腹で薬なんか飲ませられないし、ゴンザを待っているくらいなら、粥でも雑炊でも作ってやれよ。今は便利なものもあるんだから」
 そう言ってレトルト食品を袋から出しながら、テキパキと動く零は非常に手慣れていた。
『牙狼、絶狼は慣れているから心配することないわ』
 自分に台所仕事が出来るわけないので、鋼牙はカオルの部屋に戻る。
「零くん?」
「そうだ」
「なんだか、悪いなぁ」
 カオルは少し大きな声を出す。
「ごめんね〜。零くん」
 するとその声が聞こえたのか、零から返事があった。
「これ食べて、早く元気になってよ〜」
「うん!」
 また起きあがろうとするカオルを、鋼牙はまたまた横にさせる。
 その様子にザルバはにやにやしていた。


 しばらくしてシルヴァの言葉通り、零は卵雑炊を作り上げていた。
「雑炊を食べなかったときは、デザートが出せないと言って釣れ!」
 そう言って零はそのまま帰った。カオルちゃんが疲れるだろうから顔は見せないという理由を鋼牙に告げて。
 雑炊を持って彼が部屋に戻ると、カオルがいきなり部屋の片づけをしている。
「寝ていろ!」
 鋼牙の一喝にカオルは渋々ベッドに戻った。
「零の作ってくれた雑炊だ。食べろ」
「は〜い。美味しそう」
 カオルが熱々の雑炊を食べ始めると、鋼牙は乱雑に置かれたスケッチブックの前に立つ。
「鋼牙、どうしたの?」
「カオルは今、どんな絵を描いているんだ?」
 勝手に見るという真似は出来ないので、一応、尋ねてみる。
「仕事のこと?」
「なんでもいい」
 するとカオルはしばらく考えた後、ベッドと壁の隙間に置かれていたスケッチブックを出す。
 どんな散らかし方だと彼は思ったが、カオルの話を聞くと、どうやら違うらしい。
「鋼牙が帰ってきた日の朝方、すっごく印象的な夢を見たの」
 あまりにもすごくて、スケッチブックを全部使ってしまったくらいの集中で描いたもの。これだけは良い夢を見るためのお守りとして、ベッドの脇に置いたのだという。
 鋼牙はザルバを指にはめると、カオルのベッドを椅子代わりにして座る。
「怒らないでね」
 カオルは何か懺悔しそうな雰囲気だった。 


 鋼牙とザルバはスケッチブックを開くと、最初はごくふつうに森の風景だった。
 所々、奇妙な姿のキャラクターもいる。絵本の次回作の下書きと思われる。
 このときカオルが食事を終えて、台所に行こうとする。
 鋼牙は自分が持って行くと言ったが、カオルから洗面所に用事があるの! と言われてしまった。
「そうか……」
「そうなの!」
 強気な態度がとれるということは、少しは回復したということなのだろうか?
 鋼牙は大人しくスケッチブックを見続けることにした。

 そのうち、真っ赤な絵が現れる。鮮やかな朱と金色。この色を彼は見たことがあるような気がした。
『あのときの朝焼けの色みたいだな』
 ザルバの言葉に鋼牙は頷く。
 カオルを時空に飲み込まれたと思ったときの朝焼けは、恐ろしいほど鮮やかな朱色だった。あのときの絶望を思い出しそうになる。
 彼は急いでページをめくる。
 真っ赤な世界が数枚続いたあと、急に人の絵になった。
 一人の女性。魔戒法師のような服装だが、邪美や烈花とは違う。
『誰だ?』
 鋼牙は食い入るようにみた後、顔を伏せた。
『おい、鋼牙、どうしたんだ』
「ザルバ、これは俺の母だ」
 その女性は優しげな顔をしていた。