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君の隣にいるために 番外編 1 

鋼牙編 
その3

(これでお風呂に入ったら、さすがに鋼牙に怒られるよね〜)
 こっそり食器を洗った後、市販薬を飲んで身だしなみを整える。鋼牙の前では多少なりとも綺麗な姿でいたいが、今回は風呂まで入ったら風邪が長引くのは決定になってしまう。カオルは仕方がないと風呂は諦めて、部屋に戻る。
 すると部屋では何だか異様な緊張があった。鋼牙が今か今かとカオルが現れるのを待っていたのだ。
「カオルに聞きたいことがある」
 その声にカオルはドキッとする。
 よもや朝焼けの中に立つ鋼牙の絵を見つけられてしまったのだろうか?
 あの絵は鋼牙にバレると思いっきり嫌がられそうなので、別の場所に隠してあるのだ。
「どうしたの?」
 バレていませんようにと願いながら彼女は返事をする。
「この絵はどうしたんだ?」
 鋼牙が尋ねたのは、一組の男女が描かれている絵だった。


「あっ、その人たち?」
 カオルはベッドに潜り込む。
「どこで会ったんだ」
「どこって……、夢の中だよ」
「夢?」
「鋼牙が帰ってきた日の朝、夢の中で会ったの」
 カオルはそのときのことを説明し始めた。
「最初にみたのは、鋼牙が朝焼けの中にいる夢なの」
「……」
『それはすごいな』
 ザルバの言うすごいの意味をあまり深く考えず、カオルは言葉を続けた。
「嬉しくって鋼牙に駆け寄ろうとしたら、いきなりその女の人に腕を捕まれて引き戻されちゃった。これ以上先に進んだらダメだって」
『何でだ?』
「難しそうなことを言っていたけど、何でも夢に飲み込まれるみたい。起きられなくなるとか怖いことを言われたから……」
 そのわりにはカオル自身は怖がってはいなかった。
「でも、その女の人は優しい人だったよ。たくさんある扉から私が通らなくてはならない扉に案内してくれたし、正しい鍵も渡してくれたんだ」
「正しい鍵?」
「そう、どうも最初に持っていた鍵が変なものだったみたいで、それで扉を開けちゃったから朝焼けの世界に入れたみたいなの」
 正しい鍵も変な鍵もいったい何処から現れたのか。
 こればかりはカオルも分からないと言った。
「夢の話だからね〜。意味不明もたくさんあるよ」
 では、男の人はいつ登場するのか?
 鋼牙の問いに彼女はハッキリ答える。
「隣にいる男の人はね、女の人の旦那さまみたい。迎えに来たと女の人が言っていたから。鋼牙のその白い魔法衣と似ていた上着だったから、かなり参考にさせてもらったよ」
 スケッチブックの中には懐かしい父親が描かれている。写真など残っていないはずなのに、カオルは夢の中で会ってこうして描いてくれた。
 何よりも母がカオルを守ってくれたのが嬉しい。 


「カオル」
「何?」
「この二人は俺の両親だ」
 その言葉にカオルは驚きの表情を見せた後、顔を真っ赤にした。
「どうしよう、お母さまにそそっかしい女だって思われたかも!」
 カオルは恥ずかしがって掛け布団を顔までかけるが、鋼牙とザルバは(何を今更……)と言おうとして止める。
 鋼牙はカオルの髪に手を伸ばす。
「カオル、今度一緒に閑岱へ行かないか?」
 閑岱。その特別な言葉に、彼女は顔を半分出す。
「閑岱って邪美さんたちのいるところだよね」
 普通の人は行けないと聞いているので、カオルは少なからず驚く。
「そこに母の師匠だった我雷法師がいる。一緒に会って父と母のことを聞かないか?」
 夢の中で会った二人を執事のゴンザ以外に知っている人がいる。
 カオルは嬉しくなって起きあがると、鋼牙に抱きついた。
「行く! 絶対に行く。いつ行くの?」
「お前が風邪を治してからだ」
 鋼牙もまた彼女の体を抱きしめる。
「ところでカオル」
「何?」
「俺の絵も描いたか?」
 急にカオルの体が強ばったので、鋼牙は自分の推測が当たったことを知る。
「何のこと?」
 あくまでカオルはしらばっくれようとしたが、鋼牙はなおも彼女を追いつめる。
「朱色のページ前後に紙が破られた跡が残っている」
 カオルは絶体絶命のピンチだった。
「えぇ〜っと……」
「答えてもらう」
 彼女は逃げられない。


『おいこら待て、俺様を外してから次にいけ』
 ザルバが抗議したとき、アトリエのチャイムが鳴る。ゴンザがようやっと到着したのだ。
「遅かったな、ゴンザ」
 カオルの部屋から鋼牙が何事も無かったかのように出迎える。
「道路が異常な混み具合で参りました」
 両手に荷物を持って、彼は玄関に入った。
 すぐさま台所に向かうと、食器が洗われて水切りカゴに入っている。
「カオルさまは食事をとられたのでしょうか?」
 ゴンザが食器を拭きながら尋ねる。
 するとザルバが『もう少しで鋼牙も食べれたのになぁ』と、茶化す。
「!」
 このときの鋼牙は、明らかにザルバの口を封じなければという目つきだった。
「なんと、鋼牙さまは食事を取り損ねたのですか。では、ただいまお作りいたします」
 有能な執事は、荷物の中から食材を取り出したのだった。

   〜終〜