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君の隣にいるために 番外編 1

鋼牙 編 
その1

 約束の地から戻ったあと、鋼牙はいろいろと忙しかった。
 任務については他の魔戒騎士や魔戒法師たちが協力してくれるので、以前よりは単独任務の連発という事態は少ない。
 ただ、彼はその合間にカオルを元老院や閑岱の者たちに認めさせないとならない。
 こっちのほうが大変だと彼は考えていたが、意外にもアッサリと承認されたのには少なからず驚いた。

『カオルがいないとお前はアブナイって、奴らも分かったんだ』
 そう言って笑う相棒の魔導輪ザルバ。この意見に彼は反論をしたが、ザルバは取り合わない。
『ところで、一度は閑岱に行くんだろ』
「……」
 鋼牙にとってそれは頭の痛い話だった。


――鋼牙、カオルを閑岱に連れてこれないか?

 幼馴染みの邪美の言葉に、鋼牙は何故と問う。
 カオルを魔戒法師の里に連れていくというのは、何か裏があるのではないか。
 そんな気がかなりするのだ。

――我雷法師が会いたがっているんだよ。上手くいけば、カオルの後見役をやって貰える。

 カオルの後見役。それを魔戒法師の長である我雷法師にお願いできれば、カオルは魔戒法師たちに味方してもらえる。
 非常にありがたい提案だが、何となく邪美の表情を見ていると、やっぱり裏がありそうな気がしてならない。
 あまり疑いたくはないのだが……。
 それでも我雷法師は、今は亡き母の師匠である。一度は紹介をするべきだろう。
 邪美と烈花がいるのなら、少なくともカオルが孤立することはないはずだから。

 では、いつ連れて行くのかとなると、これはもうカオルの都合を聞かないとならない。
『こういうときは美味しいものでも食べさせて、それとなく聞いてみろ』
 ザルバのアドバイスに鋼牙も頷く。
 カオルは今、アトリエの方にいて彼の傍にはいない。鋼牙も冴島家ゆかりのホテルで寝起きしている。
 一応、建設中の冴島邸が完成したら、一緒に暮らすということになっていた。
 ということで、ゴンザに美味しいレストランについて尋ねたら、「カオルさま、いえ奥さまとお食事ですか!」と執事は喜び勇んで有名なレストランに予約を入れにいく。
 ところが数分後、彼が慌てて戻ってきた。

「鋼牙さま! 奥さまが、カオルさまが大変です」
 その言葉を聞くやいなや、鋼牙はカオルのいるアトリエに向かった。 


『それで、徹夜仕事をしたら見事に風邪をひいたのか〜』
 枕元に置かれたザルバがおかしそうに笑う。
 カオルはというと、体調が優れないことと鋼牙に散らかっている部屋を見られたことで、ベッドの中で小さくなっていた。
 今回、鋼牙はカオルの危難かという事で、魔戒道を使ってアトリエにやってきたので、ゴンザは後から車でくることになっている。
 さて、その鋼牙はというと……。
「御月先生のご主人でしたか、いつも先生にはお世話になっています」
 と、玄関先で原稿を取りに来た担当者相手に慣れない応対をしていた。
 単に相手の話を一方的に聞いているだけなのだが。
「──では、御月先生のこと、よろしくお願いします」
「わかった」
 すると相手はほっとした顔になって、一礼すると帰っていった。
 実は担当相手に鋼牙がしゃべったのは、この一言だけだったりする。

 部屋に戻ると、カオルが申し訳なさそうに彼を見ている。
「担当さんの応対をやらせて、ごめんね……」
 不安げな目で見つめられて、鋼牙としてはその眼差しに動揺しそうになる。
 少しやつれて、顔を少しだけ赤くしていて、目の潤んだ想い人が色っぽすぎる。
「いや、いい」
 起きあがろうとするカオルを、鋼牙は再び横にさせた。
「担当さん、何か言っていた?」
「……風邪を早く治せ」
「あの担当さん、そんな言い方しないよ」
 それでもカオルとしては鋼牙がそばにいてくれて嬉しい。
 ただ、部屋の乱雑さが悔しい気がする。

 このとき、鋼牙が厳しい表情になると、カオルに静かにするようジェスチャーをする。
「ど、どうしたの?」
「大丈夫だ」
 カオルがザルバを見ると、ザルバは何だか楽しそうな様子だ。
 しかし、鋼牙は魔戒剣片手に部屋を出る。


 しばらくして玄関先で騒ぎが起きた。
 零がケーキのお土産を持って、カオルのアトリエにやってきたのだ。