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五ツ色の絵物語 その9

 二人は、いよいよ最後の木に立ち向かうことになる。
 しかし、その道中だというのに二人は無口だった。
 雷牙は今になってカオルの同行を嫌がったのだ。そしてカオルは『私は色彩使いよ!』と、雷牙の今更な意見に怒って先に進んでしまう。
(肝心なときにこっちを安全圏に閉じこめようとするのは、本当に鋼牙ソックリ!)
 心の中でそう叫んだとき、彼女はある可能性に気がつく。
(まさか……、鋼牙の隠し子とか!!!)
 そう考えると、いろいろと辻褄が合う気がする。
(それなら母親は誰?)
(魔戒法師の誰かなの? 邪美さん? 烈花さん? それとも私の知らない人??)
 しかし、要領のいい鋼牙というのは、何か違う気がする。
 そこまで計算高いなら、とっくに自分は鋼牙に殺されているはずだ。ホラーの返り血を浴びた時点で。
(まだ、親戚の子の方が納得だわ)
 後ろを振り返ると、マスクで顔はわからないが、雷牙が不安げにカオルの後を付いてきている。
(あ〜ぁ、雷牙だったら私が産みたかったなぁ)
 そうため息を付いたとき、雷牙の体から発せられる光が強くなった。

 それと同時に、不自然なくらいの早さで空に暗雲が広がり、ガープ博士のところにある『青い木』の上空が台風の目のようになっていた。
 明らかに雲は意図的な要素で動いている。

──やつガ来ル。

「まだ『木』にたどり着いてないのに?!」

──風デ魔ヲ閉ジコメテイタがーぷ博士ガ外ヘ出タンダ。魔竜ハ自由ダ。

 このとき、『青い木』が上空に向かって爆発した。

 雷牙が雷剛とともに、急にカオルの前へ出る。すぐさま衝撃音が雷牙の体から発せられた。彼は何とか堪えて、カオルを守る。
 魔竜は幻のように透けていた。
(早く青い光を!)
 カオルは『木』の方を見た。魔竜は攻撃するときは実体化して、防御の時には透明化する。そんな敵にどう対抗すればいいのだろうか。
 勝手に動けば、確実に雷牙が不利になる。

 何度か雷牙は雷剛に乗って、魔竜に攻撃を仕掛ける。そのうち、雷剛の体に魔竜の爪が刺さった。
 雷牙が投げ飛ばされる。 


「雷牙! 雷剛!」
 雷剛は再び駆けだし、雷牙が乗り込む。このときカオルは魔竜の爪が黒くなって、実体化していることに気が付く。
(体に色が付くと実体化してしまうんだわ!)
 どんな原理かは全然わからないが、とにかく勝機は見えた。
「雷牙、魔竜を引き留めて!」
 カオルは駆け出す。
(青い光を見つけないと!)
 階段を駆けあがり、この世界にとっては異様というべき『木』の前に立つ。
 しかし、『木』は魔竜が外へ出た衝撃なのか、ほとんど骨組みしか残っていない。床も壁も、瓦礫と化していた。
「そんな……」
 見つけようにも、該当しそうな場所そのものがない。
 振り返ると雷牙が雷剛とともに、魔竜に立ち向かっている。

『生きる望みを捨てないでくれ』

 カオルは鋼牙の言葉を思い出す。あのときも大変だったけど、今、自分は生きている。
(諦めたらダメ、なんとか青い光を!)
 カオルは上空を見上げる。雲が渦を巻いており、その中心の上空には抜けるような青空が広がっている。
(あの空の青さを!)
 そう願って絵筆を頭上に掲げ、円を描くように筆先を動かす。
 すると青空の一角から、青い光が落ちてきた。
「えっ……?」
 このとき魔竜がカオルに襲いかかろうとする。
 青空に隠した青い光を見つけられてしまった為だ。

──オ母サン! 危ナイ!

 雷牙が雷剛とともに、魔竜に体当たりをする。
 そしてカオルは驚いて絵筆を魔竜に投げてしまった。

 絶叫する魔竜。

 五色の光が魔竜を浸食し始めたのである。細胞レベルで実体化が始まったらしく、魔竜は染まった部分を切り離し、体を小さくしてそれに対抗しようとする。
 しかし、カオルの投げた青と倒れる寸前である雷剛の黒は素早く魔竜に広がる。

「蒼……だわ。蒼い魔竜になった」

 もしかするとこれが正体なのだろうか。変質を起こした魔竜は、一目散に空へと消えていく。
 そして七ツ風の島を覆っていた暗雲は消え去ったのである。 


──雷剛、雷剛!

 雷牙が倒れ伏している仲間に呼びかける。
 しかし、雷剛の体からはほとんど色がなくなっており、何か機械っぽい体が見えていた。
 雷剛は一度だけ首を持ち上げ、嘶く。
 そしてそのまま静かに、煙のように消えていった。

「雷牙……」
 カオルは雷牙を抱きしめる。先ほど聞いた雷牙の叫び。ならばこの子は、これから自分が産む子供なのだ。
「雷牙は私の子なのね」
 カオルの問いに雷牙は頷く。

──オ母サンヲ守リタカッタ。デモ、魔竜ヲ逃ガシタ。ゴメンナサイ。オ父サン、僕ニがっかりスルカナ。

「するわけないでしょ! 雷牙は雷剛と一緒に私とこの島の人たちを守り通したのよ。あなたのお父さんは、そんな人じゃありません!」
 我が子を前にして、カオルはきっぱりと言った。
 もう彼女には怖いものはない。家柄も魔戒法師のような能力も何も持っていないが、鋼牙と雷牙がそれでも選んでくれたのだ。ならば絶対に揺らがない。
 こんなにも愛されているのだから。

「それにあなたのお父さんは立派な魔戒騎士よ。もし嘆きの海の向こうに『約束の地』があったら、絶対に魔竜を見逃したりはしない」
 このとき、カオルはふと思った。
(むしろ魔竜の方が鋼牙の前に現れる気がする)
 ほとんど確信に近い予感だった。
  「雷牙……?」
 カオルは雷牙の体から、金色の光が零れていることに気が付く。

──モウ、戻ルネ。

「ど、何処へ!」

──牙狼ノ中。

 雷牙の体を構成していた光が、少しずつ崩れてゆく。

──オ母サン。

 カオルは別れが迫っているのだっと知った。
 ならば今のうちに雷牙と約束したいことがいっぱいある。

「雷牙! 絶対に他の女の人から生まれちゃダメよ!」

──……気ヲツケル。

「生まれたらいっぱい料理を作ってあげる!」

──…………エ〜ット……。

 雷牙は困惑しているが、カオルは気にせず言葉を続けた。今度会えるのは何時になるのか、わからないのだから。
「雷牙、鋼牙と……、お父さんと一緒に待っているからね!」
 小さな子が誇らしげに笑っている。
 このときカオルは小さい雷牙の素顔を見たような気がした。