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五ツ色の絵物語 その10

『色彩使い、ありがとう』

 風ライオンに、そう言葉をかけられるまで、カオルはガープ博士の家の前でずっと泣いていた。

『ドンキルは無事だ。再び風が動く』

 空を見上げると、美しい青空だ。光が空中で舞っているかのように見える。
 そこへガープ博士がやってきた。大カタツムリのソウルが戻ってきたという。

『色彩使い、紹介しよう』

 二人に促されて、カオルは階段を下りる。
 どれくらい泣いたのかわからないが、今の自分は見られたものではないと彼女は思った。
 しかし、やはり島中の人たちから慕われ、頼られている存在には会ってみたい。
 そして実際に会ったソウルは、カオルの想像以上に大きかった。
 ソウルは顎髭をさすりながら、優しい目でカオルを見ている。

『扉は正しい鍵でこそ開く』

 ソウルの言葉に、カオルは「はい」と答えた。


 さて、不安定だった島の状態が安定してくると、今度はカオルの帰り道の確保が大変だった。今まであらゆるところに開いていた時空の穴が、消え始めているのだ。だからといって、カオルとしては危なそうな穴には飛び込みたくはない。
 ということで、島の住人総出で穴探しとなった。

 そして、たぶんこれだろうという穴を見つけたのは、やっぱりクリオンだった。
 そこはタム婆のいる場所の前だった。
 カオルは穴に飛び込む前、タム婆に絵筆を壊してしまったことを詫びる。
 するとタム婆はニコニコとしていた。

『お前さん、よく似ている』

「えっ??」
 どういう事かと聞き返そうとしたとき、穴が突如として大きく広がった。
「ま、待って!」
 そして穴はカオルを飲み込んでしまう。その後を魔戒竜の稚魚であるカオル(仮)が追った。
 島の住人たちの一部は好奇心にかられて穴をのぞき込んだが、カオルとカオル(仮)の姿はもう見えない。
 タム婆はキセルを口から離すと、細く煙をはいた。 


「痛〜い」
 藪の中に何かが見えたのでカオルは駆けだしたのだが、見事に転んでしまう。その騒ぎで別の場所に隠れていた野ウサギが逃げ出してしまった。
「あっちに野ウサギがいたんだ!」
 大人しくしていれば野ウサギの食事風景を観察できたのかもしれない。そう思うと彼女は転んでしまったことを、非常に残念に思った。
「でも、野ウサギがいるなんて、さすがだわ」
 冴島家の管理する膨大な土地には森などがあり、自然は豊かだ。この森で他にも動物を見かけたことがある。
「なんだかウサギを追いかけたら、異世界にいけそうよね」
 そんなメルヘンなことを思ってはみたものの、それはどうみても現実逃避でしかない。何しろ今回は無理を言ってここに来ている。
(そんなことまで考えるなんて、私ったら結構疲れている? 末期症状??)
 そういうときはゴンザの手料理を食べて、ホテルで熟睡するのに限る。
(鋼牙……)
 空を見上げると、美しい蒼天が広がっている。
「ちゃんと待っているから、しっかり頑張りなさいよ!」
 空に向かってそう叫ぶと、カオルはすっきりした気持ちになった。
 風が優しく木々を揺らす。
 彼女はなんとなく新しいキャラクターが出来そうな気がした。
(臆病すぎるウサギの子ってどうかな)
 ホテルに戻ったら、さっそくラフ画を描いてみよう。
 カオルは足を早めた。

 ところがこの日、カオルはスケッチブックの紙が激減していることと、意味不明の三枚の絵の謎に頭を悩ませる羽目になる。
(これは何? 家を出たときはこうじゃなかったのに……)
 冴島家の森には不思議がいっぱいあると、彼女は確信したのだった。 


 その頃、レオは工房前でシグトの使っている号竜の様子を見ていた。
「号竜の調子が悪く見えたんで、慌てたんですよ」
 シグトは頭をかきながらレオに説明した。
 しかし、レオの見立てでは号竜に不具合はない。たぶんシグトは号竜にからかわれているのだろう。ホラーを利用して作られているので使用者には毅然とした態度でいて欲しい気がするが、なんとなくシグトと号竜は良い関係を築いている気がする。
 こういう事例が後にどういう意味を持つのかは、今のレオにも断言ができない。ということで、不具合がない限り彼は手を加えるのは避けることにした。

「そういえば、今、新しいタイプの号竜を作っているって聞いていますよ」
 このときシグトの足元にいた号竜が突然彼のふくらはぎに頭突きをする。
「うわっ!」
 不意の攻撃に彼は思いっきり彼はひっくり返ってしまった。
「どうもこの号竜はヤキモチ焼きみたいですね」
 レオは思わず笑いそうになってしまった。

 とにかくシグトも好奇心があるので、号竜を何とか抑えつつ、レオの工房を見せてもらうことにした。
 ところが工房内はメチャメチャに荒らされており、机の上には黒くなった新作号竜の部品が散乱しているというありさま。レオの方が驚きの声を上げていた。
「片づけ、苦手とか?」
 シグトの問いに「違います!」と答えながら、レオは散乱している部品を見た。
(これは何だろう? この絵の具みたいなものは……)
 それとも自分の知らない薬剤か?

 彼は兄シグマから譲り受けた魔導筆を手にとり、とある術を発動させた。これらのものたちが何かを記憶していないかと思ったからである。
 しかし、部品達からは何も読み取れない。むしろレオを拒絶しているような雰囲気すらあった。
「まさか……」
「どうしたんですか?」
 レオは自分の考えに困惑していた。
「誰かがこの部品たちに『名前』を与えたみたいです」
 呼び名レベルではなく、部品達の存在理由に関わるほどの名前。
 それを知っている者でないと、この部品たちで何を作ろうとも使い物にはならない。

 魔戒騎士、魔戒法師たちから阿門法師の再来といわれる天才は、この謎に挑戦してみたくなった。

 〜終〜