INDEX
 
目次
 


五ツ色の絵物語 その8

 そのうち、『木』の方から音が響いてきた。
 行ってみると雷牙が内側から扉を開けている。
「雷牙、何処から入ったの?」

──窓、開イテイタ。

 どうみても人の手の届かない場所にある窓。どうやら雷剛に乗って、そこから入ったらしい。
 恐ろしいほどの機動力である。
 慎重に中に入ると、一階には何もない。
 ということで二階に上がってみると、やはり奇妙な者たちがいた。それもニ体である。
(どうしよう!)
 広い空間ではあるが、戦闘能力がゼロに等しい自分では、雷牙の足手まといにしかならない。
 ところがそのとき、『木』の中で音が響いたのである。
 敵対者は片方が動けなくなっている。
(誰かが角笛を吹いている?)
 素早く雷牙が攻撃を仕掛けるが、動ける相手も機敏なので決定打にならない。
 カオルは片方が止まっている隙に、赤い光を探す。
 カオル(仮)も素早く周囲を泳いだ。
 そしてカオル(仮)が赤い光を見つける。
(よかった!)
 では何を描くべきか。

 カオルは祈りを込めてあるものを描く。

(攻撃力を! 鋼牙の持っていた赤鞘よ)
 そして雷剛には赤いたてがみを。

(鋼牙!! 力を貸して!)
 彼女は約束の地に旅立った最愛の人に祈る。
 するとさっきまで苦戦していた雷牙の動きと攻撃力が、格段にアップ。雷剛の早さもスゴいことになっている。

 勝負はあっさりと雷牙が勝った。 


 『木』が消滅したあと、雷牙は二枚の赤い石版を取り込む。
(何の罠? 鎮魂歌??)
 あの石版は何なのだろうか?
(雷牙にとっては大事なものらしいけど……)
 そして当の本人は変化を遂げた自分の剣と赤鞘を見ていた。

──スゴイ。

 そう言われるとカオルとしても嬉しい。
「スゴいでしょ。それを持っているとっても強い人を知っているから描いてみたの」

──知リ合イ?

「そうよ」

──好キナヒト?

 そう尋ねられるとは思わず、カオルは黙ってしまう。

──嫌イナノ?

 悲しそうな雷牙の声に、カオルは首を横に振った。
「大好きな人、今は会えないけどね」
 そう口に出したとたん、涙が零れてきた。

 様々な感情が彼女に襲いかかる。
(いつも守ってもらってばかり。そして私は迷惑をかけてばかり……)
(一番、鋼牙の前ではちゃんとしていたいのに、空回りばかりして呆れさせている)
(鋼牙を誰にも取られたくない)
(でも、家柄だの能力だのを考えたら、私では鋼牙の為にはならない、諦めるべき?)
(彼はいつだって私を大事にしてくれているのに……)
(本当に彼の帰りを待つのが私でいいの?)
(鋼牙、大好き。世界中で一番好き)
(だから、こんな面倒で役に立たない女ではなくて、もっと別な女性なら彼を幸せに出来るんじゃない?)

 夜、一人でいると、そんなことを考えてしまい、カオルはアトリエではよく眠れなくなってしまった。

(鋼牙の部屋なら、あのとき愛されたことが嘘ではないと思えるのに……)
 しかし、冴島邸はもうない。


 雷牙がカオルの服の裾を掴む。

──泣カナイデ。諦メナイデ。

 心の内を見透かされたのかと思い、カオルは驚く。

──僕ハ、アナタガイイ。

 何だか小さい子に口説かれているようで、彼女は涙を拭くと小さく笑った。
「いよいよ最後の『木』が残ったわね」
 そう言って歩き出したとき、カオルは木の陰に何かが転がっていることに気がつく。


 それは角笛を手にした小太りの竜人。
「えっ……」
 カオルと雷牙と雷剛が力を合わせて助け起こすと、竜人は目を覚ました。
 竜人はキョロキョロと周囲を見回すと、カオルたちに礼を言う。
 なんとそれはガープ博士、その人だったのである。 


 ガープ博士の帰還に島の住人たちは驚き、そして喜ぶ。そして明かされる新事実。
 島の人を『木』に近づけさせなかったのは、ガープ博士だったのである。
 それは中にいたものを外に出さないための手段でもあった。

『オウルは海の果て 嘆きの海を越えたところに』

 島に現れた穴は、そこにつながっているものがあると言うことだった。
 知恵ある大カタツムリのことだから、きっと戻ってくる。島の者たちはそれを信じていた。

 残るはガープ博士の家に出現した『青い木』だけ。
 その事実をガープ博士は悲しんだ。

『アレは、モノを破壊するのが好き』

 いつ生まれたのか、何故存在するのか。
 何を考えて生きているのか、何処へ向かおうとしているのか。
 誰にもわからない。
 ただ、魔竜という記号が、あれを表している。
 壊すことだけを楽しみ、壊すものがなくなったとき次の場所に向かう。

『困ったことに、アレは形を持たない』

 ガープ博士の言葉に、カオルと雷牙は驚く。
 これは同化能力が非常に高いということだった。
 確かに今まで島の者たちは、『何かがいるけど、それが何かわからない』という状態だった。
「ということは、もしかして雷牙が退治した中にも……」

──イタヨ。多分、僕ノ動キハ読マレテイル。

 雷牙はあっさりと答える。そして雷剛に乗った。
 だからといって、ここで魔竜退治をやめるわけにはいかない。
「雷牙……」

──僕ハ行ク。
「俺は牙狼の称号を継ぐ者だ」

 カオルの耳に鋼牙の声が聞こえたような気がした。