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五ツ色の絵物語 その7

 『黒い木』は海辺にあった。
 大広間からグルグルと回り道をしながら移動したので、カオルは今自分が何処にいるのかわからないくらいである。

──穴ガ増エテイル。

 昨日の段階では、もう少し少なかったらしい。
(島の異変が加速しているの?)
 一気に攻略しないとならないのかもしれない。カオルは絵筆を鞄から出した。

 『黒い木』の中は文字通り、真っ暗だった。その中で雷牙の体が仄かに光りを放つ。
(きれいな光……)
 しかし目立つことこの上ない。
 カオルがそんな不吉なことを考えた途端、雷牙が白い翼を出して飛んだ。

 上空で何か激しくぶつかり合う。そのうち『木』の壁が壊れて、光が射し込むようになった。
 カオルは雷牙に力を与えてくれるのであろう黒い色を探したが、全体が暗いのでよく分からない。
 だが、ぼんやりした明るさの中、壁の一角で何かが動いているのが見えた。
「カンゾウさん!」
 カオルは駆け寄ったが、実際にはカンゾウは少し離れているところで気を失っている。
 では、今、自分の目の前で動いているのは何なのだろうか?
 このとき少し離れたところの壁が壊されて、カオルたちのいるところが、かなり明るくなった。
「!」
 よくよくみると、それは黒い馬モドキが動くレリーフだった。周囲の壁よりも黒い体。もしかしてと絵筆を近づけると、黒い光は壁から絵筆に引き寄せられるが、馬モドキから離れない。そして馬モドキは、何かにあらがうように動かせる左半分で暴れる。
 次の瞬間、雷牙が落ちてきた。白い翼を傷つけられたらしい。
「雷牙!」
 カオルは雷牙に駆け寄ろうとするが、雷牙がそれを止めた。

──ダイジョウブ。

 しかし、どうみても白い翼はボロボロで飛べそうにない。
 謎の生き物が上から自分たちを見ている。
 カオルは意を決して、雷牙の白い光を絵筆に戻し、今度はそれで黒い馬もどきの上に乗馬可能な馬の絵を描いた。

 黒地に白の模様をつけた馬は大きく体を動かすと、壁から離れる。全てが分かっているかのような動きで、雷牙に向かって駆け出した。
 雷牙もまた反射的に馬に乗る。
(すごい……)
 その人馬一体のスピードたるや、あっという間に先ほどまで苦戦していた相手に近づき、次の瞬間、それは雷牙の剣に切り伏せられていた。 


 『木』が消滅して、雷牙の手元には黒い石版と馬が残された。
 カオルはその石版をのぞき込んでみる。
(あんこく……何でん??)
 そもそも何故読めるのだろうか?
 カオルは首を傾げる。
「雷牙、触ってみてもいい?」
 しかし、雷牙は首を横に振った。

──消エチャウカラだめ。

 そう言って彼は前のと同じように、黒い光を体に取り込む。
 彼の後ろでは馬が首を振っていた。
 カンゾウは少し離れたところで気を失っている。


 ということで、RPGで言うところの新しい仲間ができたときは名前を決めないとならない。

──名前。

 彼はカオルの方を見る。
「雷牙が名付けたら?」
 しかし、彼は首を横に振る。

──名付ケテ。

 そう言われると名付けるのが苦手なのかなと、カオルは考え素直に馬の名前を考える。
 一つだけ思いついたものがあるが、少し単純な気がする。でも、その名前が頭の中をグルグルと回っていた。
「雷剛……」
 雷牙の剛健な仲間。

──らうごう? イイ名前。

 雷牙は雷剛に挨拶をした。


 一方、カンゾウは意識を取り戻すと、『また、勝負をスルか』とカオルに言った。
 だが、カオルは首を横に振る。そんな気力などない。
 するとカンゾウは高笑いをして去っていく。
 どっと疲れを感じたカオルだった。 


 なんとか気力を振り絞って森の大広場に戻ると、そこにはジムストーンがいた。
 その爽やかな好青年ぶりに、カオルは嬉しくなる。

『長老から、伝言です』

 要約すると、七ツ風の島には遙か昔から、何処から来たのか分からない者がたまに通り過ぎることがある。
 その中に魔竜と呼ばれるものがいた。
 魔竜は時空を渡る力があり、どこへ行くのかは分からないが、遙か上空を通るだけでも島は揺れたという。
 今回、どうやら魔竜はドンキルの体を取り込んで、時空を渡ろうとしているらしい。

 この伝言に、大広場にいたみんなが驚いた。
 ジムストーンは言葉を続けた。

『さっき、見かけた。赤い木、揺れている』

   その『木』は赤いピラミッドの空間を裂いて出現していた。


 なんとかたどり着いた目的地にて、カオルは赤い『木』を見上げた。なんとなくケバい印象を受ける。
 しかし、入り口が見つからない。
「とにかく探そう!」
 カオルの言葉に雷牙も頷く。
 二人と一頭は『木』の周辺をくまなく探した。

 カオルは先ほどから、混乱しそうなほど考えていることがある。それは雷牙が本当に黄金騎士の系譜に連なる者ではないかということ。
 では、どんな存在なのか。一番最初に考えたのは、冴島家とは別の系譜でカオルのことを調査しにきた者。そうするとここは黄金騎士管理下の世界になるのだが、やはり冴島家の森にはそういうルートが幾つもあるのだろうか?
 しかし、それだとすると多分小さい子であろう雷牙を寄越すのは惨い話である。しかも彼は記憶を失っている。そして畳みかけるように魔竜騒ぎとは、自分の心根を試すにしてはやり方が酷すぎる。
 だが、これは自分の想像でしかない。あまりにも仕掛けが大がかりすぎる。
(本気で何かの策略なら、零くんやレオくんたちが何か言ってくるよね)
 きっと冴島家に味方する者のところに避難しろと言うに違いない。
 そうなると、今度は偶発的な事態になるのだが、都合がよすぎる気がする。
(もしかして冴島家のご先祖様とか、鋼牙の守護霊さまとか?)
 そこまでいくと内容が飛びすぎている。カオルはなんだか可笑しくなった。