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五ツ色の絵物語 その6

 カオルははっと目を覚ます。額に乗っていたカオル(仮)がピョンと跳ねた。
 彼女は覚えのない天井を見て、自分が何処にいるのか一瞬混乱してしまう。

『大丈夫?』

 鈴の転がるような可愛らしい声。自分を見ていたのは、とても可愛らしい白ウサギ。
 彼女はスズウサギのリムルと名乗った。
「あの子は……、雷牙は?」

『周辺、見ると言っていました』

 さすがは黄金騎士と言っていいのか、なんなのか。カオルは軽く自己嫌悪に陥った。
(私が倒れちゃダメじゃない!)
 起き上がろうとするのをリムルが止める。

『ムリをさせてゴメンナサイ』

 自分たちのためにカオルが倒れたのだと思って、リムルはうなだれてしまう。その仕草が、これまた可愛いとカオルは思った。
 彼女は大人しく横になる。ここでちゃんと回復しないと、雷牙の迷惑になる。
 でも、雷牙の姿が見えないと心配で休んだ気がしない。ではどうしたらいいのか。
 リムルと話をする時間が得られたのだ。ここは情報収集に努めて、雷牙の負担を少なくする。そんな思考を重ねて、ようやっとカオルはリムルに話しかけた。
「リムルさん、ガープ博士ってどんな人?」
 するとリムルが嬉しそうに微笑んだ。
 その笑顔だけで、カオルはガープ博士がどんな人物なのか分かったような気がした。

 しばらくして三人組と雷牙がリムルの家へやって来る。


──大丈夫?

 雷牙の声はとても不安げだった。その声が鋼牙に似ているような気がして、カオルはさらに反省した。
 自分が倒れては、雷牙は戦えない。
「心配をかけてゴメンね」

──ユックリ休ンデ。他ノ2本ノ木ノ場所ハ分カッタカラ。

「2本?」

 するとリムルが哀しそうに言った。残りの一本はとても分かりやすいところにある。
 それは島のてっぺんにあるガープ博士の家の場所なのだと。
 しかも雷牙はこっそりと『木』に近づいたらしい。それを聞いてカオルは驚く。無謀としか言いようがない。
「だめじゃない!」
 すると雷牙がしゅんとした。

──ゴメンナサイ……。

 なんだか自分の子供を叱っているような気持ちになってくる。
「あなたに何かったら……」
 涙が零れそうになる。雷牙が『木』の中で倒れている光景を想像してしまったからだ。

──泣カナイデ。

 それからカオルが落ち着くまで、雷牙はずっとオロオロとしていた。

 それでもカオルは雷牙の行動を無意味にするのはいけないとようやく考え、『木』の様子はどうだったのかと尋ねると、『黒の木』は入り口が固く閉ざされており、『赤の木』は入り口がわからなかったとのこと。
 そしてガープ博士の家にあるという『木』については、そこに続く階段に風ライオンがいて、近づいてはダメだと追い返されてしまったという。
「そうなんだ……」
 風ライオンの思慮の深さにほっとしつつ、カオルは鋼牙のことを考えた。
(鋼牙ならこの子をちゃんと導けるのに……)
 危ないこと、なすべきこと、そして決してしてはならないこと。でも、自分では感情が強く出てしまう。
 このとき、カオルはある重大なことに考えが至った。何故、今になって気づいたのか。もっと早くに考えるべきこと。
(この子にもきっと帰りを待っている家族がいるのだから、ちゃんと返してあげないと!)
 とはいえ本人に記憶がないのだから、それ以上は考えても雷牙を追いつめるだけなので、カオルは上体を起こすと雷牙を抱き寄せる。
「一緒に頑張ろうね」
 すると雷牙もまたカオルにしがみついた 


 結局、カオルと雷牙はリムルの家で一泊させてもらうことになった。
 安静にということで逆に家から出してもらえなくなったので、カオルはここぞとばかりに見舞いにきてくれた島の住人たちをスケッチし始める。
 そしていつの間にか、カオルに似顔絵を描いてもらえるという噂になったのか、いろいろな者たちがリムルの家にやってきたのだ。

 その中でも個性的なのがコンドルペンギンのカンゾウ。いきなりカオルに絵画勝負を挑んだのである。
 この勝ち負けが微妙な勝負、テーマは三つ。空を飛ぶもの。陸を走るもの。水の中を泳ぐもの。

 勝負の結果はカオル不利の引き分け。なぜならカオルはこの島の生き物を詳しく描けなかったから。
 どうしてもカオルの知識では、島の住人たちが首を傾げるものになってしまうのだ。
 カンゾウは勝ったといって意気揚々とリムルの家を出る。残された三枚の紙には、カオルの目から見て『青い何かの動物』『黒い馬もどき』『ウメウオ』というカオル(仮)によく似た魚だった。

(なんか、意外とショックかも……)
 それでも心ゆくまで絵が描けたので、彼女としては前よりも元気なくらいである。
 ただ、似顔絵はほとんど島の住人にあげてしまったので、スケッチブックにはほとんど紙が残っていない。
(まっ、いいか……)
 カオルはカンゾウの描いた絵をスケッチブックに挟み込む。どうやら向こうは勝負がしたかっただけで、絵が趣味というわけではないらしい。リムルもカオルが絵を持ってくれたら喜ぶとニコニコしていた。
(リムルって、本当に可愛い!)
 かなり癒されたカオルだった。

 その日の夜、カオルはリムルから羽の泉にある水球の中にはいると前身年の夢を見ることができるという話を聞いた。
「前身年?」

『前の姿のとき、今とはチガウ姿』

 この島の住人は、前身年という幼年期を経て蛹のかわりに卵の中で眠りにつき、そして卵が割れて違う姿で目覚めるというサイクルとのこと。
「そうなんだ」
 ふと、カオルは壁に寄りかかって眠っている雷牙を見た。布団の中で横になるのが少し大変なので、彼は楽な姿勢で眠っているのだ。これは、すぐに動けるようにしているのではないかと思わないこともない。その彼をその水球に入れたら、記憶を取り戻せるのだろうか?
 しかし、どう見ても雷牙はこの島の住人ではない。変なことをして彼にもしものことがあったら、取り返しがつかない。
(やっぱり守りし者に関わりがあるのかな?)
(雷牙が鋼牙の知っている子だったらいいなぁ)
 そうしたら再会できるのに……。
 カオルはそう思いながら眠りについた。 


 そして事態が動きがしたのは夜が明けた頃だった。

『タイヘン、タイヘン。風車が止まりそう』

 リムルの家にやってきたのはイス男のチェリオット。森の大広間にある風車の動きがおかしいという。
 カオルが外へ出ようとすると、チェリオットが椅子の自分に座れという。
 体調を崩したカオルヘノ心遣いなのだろうが、風車に到着したとき走ったのと同じくらい心臓がバクバクいう羽目になった。

 風車の動力は、リュウナマズのドンキル。彼の背中が風車を動かしていたのである。
 風車が動かないと、風が発生しない。
 風が発生しないと、空気が濁る。
 濁ると……それは大変に困ることだった。

『ドンキル、様子おかしい』

 風車の中を見てきたセルベットが慌てて出てくる。
 ドンキルは七ツ風の島で一番大きい。そのほとんどが地中にあるのだが、前足と後ろ足、尻尾と頭と風車を動かしている背中の一部部分は地表に出ていた。
 そしてその体は赤いはずなのに、今や部分的に青黒くなっているという。

──あいつノ所為カモシレナイ。

 雷牙が戦った正体不明のもの。とにかく手を打たないとならない。カオルが雷牙に話かけようとしたとき、クリオンが慌てた様子で大広間にやってきた。
 カンゾウが『黒い木』に入ってしまったのだという。
「なんで!」
 カオルは思わず叫んだが、それは島の住人にも分からない。
 とにかくカンゾウを助けるべく、カオルと雷牙は『黒い木』に向かう。
 連れて行こうというチェリオットの申し出について、今度はカオルは断った。