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五ツ色の絵物語 その4

──アリガトウ。

 小さな黄金騎士はカオルに頭を下げる。
「無事でよかった〜」
 カオルはほっと胸をなで下ろすが、はたと思い出す。
「キャロルストーンさんの下半身!」
 まさかビルの消滅に巻き込まれたのでは! と真っ青になっていると、カオルの背後に素晴らしいプロポーションに戻ったキャロルストーンが立っていた。
 隣には喜色満面(?)のジムストーンもいる。

『戻りマシタ。アリガトウ』

 二人は嬉しさを表現するかのように、クルクルと踊る。そのそばではキスケたちも喜んでいた。
「お礼はこの子に言って」
 カオルは小さな黄金騎士の腕をとると、前に出す。
「この子が助けてくれたのよ」
 するとジムストーンが黄金騎士に名を尋ねた。
 しかし、黄金騎士は首を横に振る。

──名ハ無イ。

 するとジムストーンたちは驚く。

『名がないと、みんなに忘れ去られてしまう。
 そうしたらワスレサラレタモノになってしまう』

 この会話にカオルは驚いてしまう。この世界は名前に対する重みが、かなりあるのかもしれない。
 では彼の名をどうしたらいいのか。黄金騎士というのを名にするのは奇妙に思える。
 このときカオルの脳裏に一つの言葉が浮かんだ。
 雷のイメージ。そうだ、この子の名は……。
「彼の名は"雷牙"よ」
 この瞬間、黄金騎士・雷牙の持っていた黄色い石版が光り出す。そして彼の中にその光が入り込んだ。

──アリガトウ。良イ名ヲ、アリガトウ。光ガ僕ヲ受ケ入レテクレタ。

 カオルは、黄金色のマスクの中で彼が喜んでいるような気がした。ということは、先ほどの石版は彼にとって非常に重要なものらしい。
 そんな彼の周りを、嬉しそうに魔界魚の稚魚も軽やかに泳ぐ。
 カオルはふと稚魚に尋ねる。
「もしかしてあなたの名は、アカネ?」
 ザルバが名付けようとしたという名前を言ってみる。すると稚魚は何のこと?という雰囲気で、やや困惑したのか力のない動きをした。
(もしかして鋼牙、またカオルって名付けてくれたのかな?)
 稚魚はカオルの前でふよふよと動く。
「ごめん、ごめん」
 カオルは稚魚に謝る。同じ名前だからこそ、稚魚のカオル(仮)はここまでついてきてくれたのかもしれない。

 さて、カオルとしては黄金騎士・雷牙にはいろいろと尋ねたいことがあったが、残念なことに彼は自分のことも敵対していたものの情報もほとんど持ってはいないという。
 ただ、キャロルストーンの下半身が『木』を壊そうとする青黒いものの行動に巻き込まれそうになっていたので、助けようとしただけだと言った。

(命がけで誰かを守ろうとするなんて、この子はスゴいわ)

 もしかして声が若いだけで、実際はもう少し年輩なのだろうか?
 顔がわからないのが残念ではあるが、それは仕方がない。
「でも、もう危ないことはしないでね。あとは私がなんとかするわ」
 そう言って相手を安心させようとするが、何とかできるレベルの相手ではなさそうな気がかなりする。向こうは凶暴かつ狡猾な感じがするのだ。
 そんなカオルの無謀な言葉に、雷牙は首を横に振った。

──アイツトハ僕ガ戦ウ。

「でも、雷牙……」

──何カヲ思イ出サセソウナンダ。アイツト戦ッテイルト。

 カオルは俯く。鋼牙ならば、敵を前にして撤退などはしないだろう。
 そういうイメージのものを雷牙に与えたのは自分なのだ。
 カオルはしゃがんで両膝を地面につくと、両手で雷牙の両手を握る。
「それなら約束して、決して無茶なことをしないって」
 すると雷牙はしばらくカオルの顔を見た後、小さく頷いた。 


 事態が一段落つくと、次にどこへ行くべきか。再び風ライオンに会いに行けばいいのだろうか?
 カオルの問いにキスケたち三人組はは何やら相談をする。
 ジムストーンとキャロルストーンはこれから石の長老たちのところへいくという。
 この話にカオルと雷牙は石の長老に会ってみたいと言ったが、向こうはいろいろと厳格な者たちが揃っているので、森の大広場の芝居小屋で待っていて欲しいと言われてしまう。
(なんか、大変そう……)
 でも無闇に『木』のところへ行って、島に迷惑をかけては元も子もない。カオルは大人しく雷牙と一緒に森の大広場へと向かった。

 キスケとクリオンとロクゾウの案内でやってきた森の大広場には、大きな風車があった。ゆっくりと動く風車を見て、カオルはこの島の時間の流れを見ているような気がしてくる。
(それでもこの島では、何かが目まぐるしく起こっているのだわ)
 青黒いあれは何だったのだろうか?
 思わず絵筆を握りしめる。すると横にいた雷牙がカオルを見上げた。

──怖イ?

 その言葉にカオルは、はっとする。空元気でも何でも、今は平気な顔をしないと雷牙や島のみんなが不安になるのだ。今の自分はこの島を救うべくやってきた『色彩使い』なのだから。
 彼女は気合いを入れるために、自分の頬を両手で叩いた。
(そうよ、みんなを救うの!)
 今まで鋼牙や零やレオ、ゴンザ、邪美や烈花、そのほかの魔戒法師や魔戒騎士の人たちが自分を助けてくれたのだ。今度は自分が島の人を救う番になったのなら、同じようにみんなを助ける。誰一人として犠牲になんかしない。
 カオルは決意を固めると、芝居小屋へと入る。その後を雷牙とキスケ、クリオンとロクゾウがついていった。


 芝居小屋の中では、島一番の踊り子であるオカアンコウのルビーがアンニュィな雰囲気でキセルをもてあそんでいた。
(これは……スゴいわ……)
 とにかく迫力が半端ではない。カオルはとにかくスケッチをしたいという欲求を押さえるのに苦労した。
 島が大変な状態なのに、スケッチなどをしたら他のことを全て放り出しかねない。絶対にそれは出来なかった。

『新しい踊り子?』

 急に尋ねられて、カオルは首を横に振る。
「違います。ここで待ち合わせをさせてください」

『踊りを見てあげる』

 ルビーは人の話を聞いてはいなかった。とにかく相手のペースにカオルは飲まれていた。ひとしきりルビーの踊りを見せられた後、今度はカオルが踊ることになる。
(な、なんで〜)
 最後に踊ったのはいつだ? 困って客席の方を向くと雷牙と目が合った、と思った。
「雷牙、踊ろう!」
 さっき、ジムストーンとキャロルストーンがくるくると踊っていた姿を思い出す。正直言って何がなんだかわからない状態だったが、それなりになったような気がする。雷牙は運動だと思ったのか、それなりにチョコチョコと動き回っていた。
 客席では三人組がオーバーアクションで会話している。もしかすると三人組の動きの方が可愛いかもしれない。

『まぁまぁね』

 ルビーの言葉に、カオルはどっと疲れを感じた。 


(私ってば、何をやっているのかしら……)
 もしかして鋼牙もこんな目に遭わされているのだろうか?
 再会したら『約束の地』で何があったのか聞いてみたい!
   カオルは拳を握りしめた。

『歌は歌える?』

 ルビーの言葉にカオルは「まだ何かあるの???」とガックリきたが、どうもルビーとしては新しい歌を聴きたいらしかった。
(勉強熱心なのかな?)
 新しいものに対する情熱ゆえと思うと、カオルにもその気持ちは痛いほどわかる。
 自分も新しい画材や道具が目の前にあったら、使ってみたくなるのだから。
「一曲だけなら……」
 そう言いつつも彼女は緊張で胸がドキドキしていた。
(唱歌がいい?)
(それとも子守歌?)
(☆ーロラの下で?)
(それ以外が良いのかな……)
 さんざん迷ったあげく、彼女はある曲を歌った。

 カオルが歌い終わった頃、芝居小屋にメガネインコのセルベットがやってきた。
 セルベットはカオルと雷牙に白い木の様子がおかしいと言った。
「白い木ね!」
 セルベットにその場所を尋ねるが、七ツ風の島の基本的な地図を持っていない二人はだんだんわからなくなってしまう。
 するとキスケたちがカオルと雷牙の前に出る。
 彼らが芝居小屋を出た後、セルベットはルビーに挨拶をして芝居小屋を出たのだった。

 目的の白い木は"ホンヤラ洞"のそば。というか、今回はホンヤラ洞の空間に、白い木が無理矢理存在しているかのよう。
 カオルの目から見ても、空間を裂いて現れた白いビルディングは異様な光景である。
 二人はキスケたちに少し離れたところで待ってもらうと、白い木の中へ入っていった。