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五ツ色の絵物語 その3

 その木はとてもシンプルな形をしていた。周りには銀色に光る大きなトゲのようなものたくさんあり、キラキラと光っている。
(あれが……木?)
 木自体はカオルから見るとノッポなビルディング。
 しかし、この島の住人たちの感覚では樹木の一種なのだろう。確かにここへ来る途中に出会った者たちも、木の中に住んでいたりする。
(あの中で何かが起こっているのね)
 カオルは奇妙な絵筆をぎゅっと握りしめた。

『待っていました、色彩使い』

 石人間という言葉がぴったりの青年がカオルを出迎えた。スーツ姿におしゃれな帽子、ステッキを持っていてなかなかの好青年。ただし、顔は凹凸のない石なので、表情は不明。
 そんな彼はジムストーンと名乗る。彼の隣には、上半身だけ岩の上にいる女性の石人間。やはり顔に凹凸はないが、なかなかのナイスバディなプロポーションをしていた。
 下半身がどうなっているのかはカオルにも想像がつかないのだが。

『実は、キャロルストーンの半分が、あの中に……』

 青年の説明によると、恋人のキャロルストーンの下半身というのが、あっちこっちに出歩く癖があるのだという。
 そしてある時、彼女の下半身は、あの『木』に閉じこめられてしまったのだ。

『誰かが、守ってくれている。私の半分』

 よほど中の様子が緊迫しているのか、いつもは自由奔放に動き回るキャロルストーンの下半身はこと細かに上半身に情報を与えていた。
 しかし、島の住人は『木』には入れない。
「誰か中にいるの?」

  『青黒いものと金色の光。
 青黒いもの、コワすの大好き。
 金色の光。それをジャマしている』

 ただ、だんだんと金色の光が劣勢になってきている。下半身が壊されてしまうのも時間の問題かもしれない。そう聞かされたとき、カオルは決意した。
(金色の光を助けないと!)
 しかし、そうすると今度は銀色の太いトゲが行く手を阻む。しかも足場がない。詳しく聞くと、それはギンイロ草と言う草で、とても堅い植物だという。
 どこから進むべきかウロウロしていると、いつの間にかクリオンの隣には黄色いカエルのような子がいた。
 その手には青い角笛を持っている。

『色彩使い、角笛を吹くのです』

 角笛?
 カオルはジムストーンの言葉に面食らったが、それで先に進めるのならと青い角笛を吹く。

 以外にいい音が出たと思ったら、遠くから青くて小さい子がこちらに向かってくる。そして、あっと言う間に銀色の太いトゲを切り倒してしまったのだ。
 しかし、今やギンイロ草は切られ、『木』に至る道ができていた。
「!」
 その鮮やかな切れ味に、カオルは驚く。
 ところが青い小さな子は木の入り口から吹く突風に体を吹き飛ばされて、コロコロとカオルのところまで転がって戻ってきた。

「大丈夫!」
 カオルは青い小さい子を抱き起こす。ジムストーンによると、この二人はクリオンと同じガープ博士の大切なトモダチだった。

 黄色い子はフクロガエルのロクゾウ。
 青い子はハサミネズミのキスケ。

 キスケはガープ博士を捜して島中を駆け巡っていたので、角笛で呼ばないと来てくれなかったということだった。
「あらっ?」
 いつの間にかカオルの隣にいた魔界魚の稚魚が、キスケの頭の上の乗っている。その姿はとても可愛い。今度はクリオン、その次はロクゾウと魔界魚の稚魚は三人の子らの間を何度も往復する。カオルは思わずスケッチをしたい衝動に駆られたが、明らかに今はそんなことをやっている場合ではない。
「それじゃ、行ってくるからね」
 カオルが歩き出すと、魔界魚の稚魚も後を追う。
 島を渡る風が少し弱まったような気がした。 


 ほぼ同じ頃、鋼牙は知恵の祠の前にいた。
「私にまかせて!」
 そう言って、同行者のメルが知恵の祠の前に生えていたギンイロ草を一掃する。
 彼の行く手を邪魔するものはなくなった。 


 『木』の中は静かだった。突風が吹いてくるかと警戒したが、そんなことはなかった。
 しかし一階の床には廃材のようなものが散らばって、危ないことこの上ない。上も見える限りでは三階くらいまでの床が抜けたらしい。
(もろに廃ビルだわ……)
 だからこそ外の風景との差が激しい。
 このとき上から小石が落ちる音がした。カオルは崩落の予兆ではと身を堅くする。それと同時くらいに金色の淡い光が上から落ちてきた。
「!!!!」
 言葉が出ないくらいにカオルは驚いてしまう。

──逃ゲテ……。

 金色の光の固まりが動く。

──ココカラ早ク。

 男の子の声だった。カオルはドキリとする。このままでは、金色の光が負けてしまう。
 上からは何かの声が聞こえてきた。
 ビルの中で異常に反響するのか、かなり耳障りかつ高笑いしているという印象を受ける。金色の光は再び動き出そうとするが、どうにも力が出ない。

「私はあなたを助けにきたの!」

──助ケ……?

「そうよ、どうしたらあなたを回復させることができるの? それを教えて!」

──形ガ欲シイ。強イ者ヲいめーじシタモノ。

「あなたに形を与えればいいのね!」
 強い者なら知っている! カオルはほとんど無意識に奇妙な絵筆を金色の光に向けた。金色の光は絵筆に吸い込まれる。
 そして彼女は空中に絵を描くように筆を動かした。その筆捌きに迷いはない。

 黄金騎士・牙狼。

 絵本の主人公を描き上げたとき、上から何かが飛び降りた。カオルの描いた黄金騎士も素早く動き出し、剣を手に上へジャンプする。
 空中で稲妻のような光が走る。
 カオルは思わずしゃがみ込んで頭を抱えた。
 やはり怖くて目をつぶってしまう。
 しかし、それ以上のことがなにも起こっていないことに気がつくと、彼女はおそるおそる目を開けた。

「あれっ?」

 もうそこには廃ビルの光景はない。
(元の島に戻ったんだ……)
 そして目の前ではカオルが体を与えた小さな黄金騎士が、黄色の石版を持っていた。