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五ツ色の絵物語 その2

 とっさにカオルは「落ちる!」と思った。
 しかし、実際には下りエレベーターに乗っているかのような状態だった。黒い床が下に向かっているのだ。
 そのため彼女は動けなくなり脱出する機会を失った。

(何、何っ!)
 見上げると空はだんだんと遠く小さくなっていく。もうジャンプして脱出というのは無理。
 そしてウサギも、穴に飛び込むと耳をプロペラのように動かしてカオルのそばに着地する。
(もしかして、不思議の国のアリス?)
 それにしてはウサギは時計を持ってはいない。
 再び空を見上げると、小さな光が穴に飛び込んできた。
 カオルはその光が何なのかすぐに分かった。
「あっ!」
 鋼牙の魔界竜がカオルの後を追ってきたのである。
 魔界竜の稚魚はカオルの周りをふよふよと泳ぐ。
「付いてきてくれたの? ありがとう!」
 魔界に属するでろうものでも、見知った存在と一緒というのは心強い。
 カオルはウサギの方を見る。
「どこまで行くの?」
 しかしウサギはキョトンとした顔をするばかり。
(もしかして、私ったらこの子の帰り道に立っていたのかな?)
 よく見るとあどけない表情で、とても可愛い。怖いものとは思えなかった。
「さすがは冴島家の管理する森だわ……、変なところに繋がっている道があるのね」と、これまた鋼牙やゴンザが聞いたら「違う!!」「違いますぞ!」と反論したくなることを彼女は呟いた。

 しばらくして下の方から光が差し込む。
 あまりの眩しさに目をつぶってしまう。
 そして次に目を開けたとき、カオルは見知らぬ土地に立っていた。 


「きれい〜」
 青々と茂る木々、青い空、穏やかに吹く風、暖かな日差し。カオルは一目見ただけで、この世界の美しさに心惹かれた。早速カバンからノートと鉛筆を出す。
 ところがウサギがカオルの足元にじゃれつくと、彼女を押すのである。まるで一緒に来てくれと言わんばかりに。
「私に用があるの?」
 するとウサギはカオルの言葉が分かるのか、こちらに来てくれという仕草をした。
 そこまでされると彼女としてもウサギの頼みを無下には出来ない。
 ノートと鉛筆を再びカバンにしまうと、ウサギの後を付いてゆく。魔界竜の稚魚もその隣を泳ぐ。
 この世界の風は心地よかった。

 ウサギはすぐそばにある階段を使わず、耳を回して下に降りる。
 カオルがその後を追って階段を下りる。そしてしばらく歩くと、前方に巨大な生き物がいた。
 たくさんの手を持っていてキセルをくわえている老婦人みたいな印象の何か。
(あれっ??)
 それをカオルは何処かで見たことがあった。そしてすぐに思い出す。
 彼女は父親の描いたスケッチブックの中にいた。
「大グモのタム婆さん!」
 すると彼女はカオルに向かって微笑んだ。

『よくきた。もう時間がない』
 タム婆は手を伸ばすと、カオルに奇妙な形の棒を渡す。

『絵筆、もっていけ』

 カオルはタム婆が絵筆と言ったものをまじまじと見た。
 どう見ても奇妙な形の棒にしか見えない。

『気をつけていけ』

「何かあったのですか!」

『詳しいこと、風ライオンが知っている』

「風ライオン? その方は何処にいるのですか?」
 しかしタム婆は眠ってしまったのか、もう何も言わない。カオルは仕方なくその場を離れた。
(風ライオン?)
 どんなライオンなのだろうか? 
 再びウサギがカオルの方を見た後、今度は耳を動かして上へ移動する。
「待って!」
 カオルもまた階段を上がった。
(なんだかお使いゲームをしているみたい)
 それにしては時間がないとか、不穏な台詞もあった。もしかして何か大変な事でも起こっているのだろうか?
(鋼牙だってきっと約束の地で頑張っているのだから、私も頑張らなくっちゃ!)
 再会したときに、少しでも彼に相応しい女性でありたい。
 そんなことを考えるカオルの頭上を黒っぽい何かが一瞬だけ横切った。 


 人の横顔のような岩。
 そのそばには逞しい身体にライオンの頭を持つ精悍な存在が立っている。
 カオルは一目で彼が『風ライオン』なのだと分かった。

『よくきた。色彩使い』

 風ライオンの落ち着いた声に、カオルは何かほっとするものを感じる。鋼牙に似た眼差しを感じたからだろうか?
「色彩使いって、私のことですか」

『島の風が受け入れた。色彩使いだけが頼り』

 この世界独特の言い方なのか、カオルは情報を整理するのに多少時間がかかった。
 要約すると、しばらく前から七ツ風の島と呼ばれるこの地に、何か奇妙なものが住み着いたのである。
 しかし、それは風景に溶け込んでおり、何かいるのは分かるのだが何であるのかがわからない。
 以前からまれにテンネンビトのマキオなどが別世界から何かがやってくるということはあったが、今回の何かは今までのものたちとは明らかに異質だった。
 そこで島の守護者の一人でもある竜人の風使い・ガープ博士が調べに向かったのだが、それっきり行方不明になってしまったのである。
 そして知恵ある大カタツムリのソウルもまたいなくなってしまった。

『我々は途方にくれた』

 しかし、あるとき島を渡る風が言葉を乗せてきた。
 マモリシモノを呼べと。
 では、どうやって呼ぶ?
 この難問にガープ博士のトモダチであるクリオンが挑んだ。
 プロペラウサギのクリオンは臆病な子だったが、臆病ゆえにか島で一番安全な場所を見つけるのが今回上手かった。
 異質なものがやって来てから、島には幾つも謎の穴が開いている。
 その中から一つだけあった暖かな風の吹く穴。その先に光が見える穴に飛び込んだのである。

   クリオンはそこから空間を飛び越えて、カオルの前に現れたのだ。

「マモリシモノって、守りし者!」
 そんな存在を必要とするのでは、自分では対処しきれないかもしれない。
(でも……)
 カオルはタム婆さんから受け取った棒を見る。
 今、この島に必要なのは『色彩使い』らしいのだ。
 それで自分が逃げ出したら、一生自分は鋼牙の前には立てないだろう。
「やってみます!」
 目的地は異質なものがこの島にやって来たとき、いきなり生えてきた五色五本の木。
 その樹洞(ウロ)中で何かが起こっているのだが、島の住人は入れない。風が彼らの侵入を拒むのだ。
(鋼牙、私も頑張るよ)

 カオルは風ライオンの教えてくれた『黄色い木』にクリオンと共に向かった。