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五ツ色の絵物語 その1

 冴島鋼牙が約束の地へ旅立った後、御月カオルは崩壊した冴島邸の跡地によく行くようになった。
 執事のゴンザが寂しそうだったのも理由の一つだが、何よりも自分が鋼牙を恋しがってしまいアトリエの方では上手く眠れなくなってしまったのだ。
 ということで、彼女はよく冴島邸の近くにあるホテルに泊まる。ここなら冴島家に縁のあるホテルということで、ゴンザもいるし格安で泊めて貰える。
 それに鋼牙が自分を守ってくれるような気がしたからだ。

「鋼牙……」
 約束の地とはどんなところだろうか?
 願わくは、その地に彼を助けてくれる者がいますように。
 そんなことを祈りつつ眠りにつく日々だった。

 しかし、仕事の関係上アトリエに泊り込むこともある。
 鋼牙が戻ってきたとき、情けない状態に自分がなっているわけにはいかない。そう思って自分を奮い立たせるのだが、とにかくアトリエではなかなか寝つけないのが辛い。
 こういうときに限って見る夢はグチャグチャした印象で、余計に疲れる。

 でも耳をプロペラのように回すウサギもどきの動物が自分を見つけて、ぴょんぴょんと飛び跳ねていりのは可愛らしかった。
 目が覚めた後、早速スケッチしてみたが何となく違うような気がする。もう一回会って絵に描いてみたい。

 そういえば、その動物がいたのは冴島邸の森だったような気がする。
(今日は時間があるから、向こうに帰ろう)

 カオルは手荷物をまとめると、冴島邸へと向かう。
 天気は上々。森はきっと綺麗だろう。 


 布道レオは工房で新しいタイプの号竜の開発を進めていた。
 魔戒法師たちは今のままでも良いと言ってくれるが、やはり開発者としては新しい性能などを付けて号竜たちのレベルアップを図りたい。
 しかしホラーを利用して作っているので、パワーアップするのであれば安全面については今以上に気をつけないとならない。
 このバランスをどうとるか。
 あとは組み立てて様子を見ようという部品達の前で設計図を見直していた。

「……?」
 外から慌ただしいというか騒がしい気配がした。
 窓から外を見てみると、見知った人物が暴れる号竜と共に工房に向かって走って来る。
(あれは……)
 大声を出しながら工房へやって来たのは魔戒法師のシグト。
 どうやら彼の相棒である号竜はあっちこっちに吹っ飛んで動くので、上手く制御が出来ないらしい。

 レオは工房を出る。シグトの慌てようと号竜の動きでは工房に激突しかねない。
 彼が部屋を出てドアが閉まったとき、机の上の部品達が淡い光を放つ。
 そしてそれらはひとりでに組み立てが始まった。一緒に部屋の片隅にあった黒い塊が引き寄せられ組み込まれた。
 机の上には魔方陣が現れ、光に包まれたそれを飲み込むと静かに消える。
 後にはレオの書いた設計図が床に落ちた。 


 もうすぐ冴島邸ということで、カオルは久しぶりにウキウキした気持ちで森の中を歩いていた。
 出版社に電話連絡などをしていたら、運良く明後日まで融通が利くと言われたのだ。
 そのかわりに明後日までに幾つか仕事の目処を立てていないと、それはもう恐ろしいことになるのだが……。
(ゴンザさんにも連絡したし、今日は久しぶりにこっちで眠れる〜)
 これで鋼牙も帰っていたら嬉しいのだが、それは望みすぎかもしれない。
「鋼牙……」
 彼女は空を見上げた。
(鋼牙は無事だよね)
 約束の地というのがどういうところなのか分からない。
 不意にイヤな考えが脳裏を過った。
(私が先に年をとっていたら……、鋼牙はどうするのかな)
 彼が戻ってきたとき、自分が老婆で彼が青年のままだったら。
 こういうことを考えると思考はどんどんと悪い方へいく。
(そういえば担当さん、知り合いが長年一緒にいて苦労をかけた恋人を振って、若い女性を奥さんにしたって言っていた)
 この話に担当さんと一緒にカオルも怒ったが、さすがに老婆になった自分では鋼牙もイヤがるかもしれない。
 なんとなくその情景が想像出来てしまい、彼女は哀しくなってしまった。
 しかし、彼女は素早く考えを切り換える。
「まっ、そのときはそのときよ!」
 一発殴って綺麗さっぱりと別れてやる! と、当の鋼牙が聞いたら眉間の皺が深くなるどころか、「見損なうな!」と怒鳴りつけそうな結論に満足したのか、カオルは再び歩きだした。
 このとき、目の端に何かを見たような気がする。
「あれっ?」
 赤っぽい何かが藪の中を移動している。
 しかし、獣の動くような音は聞こえない。
(風船??)
 好奇心にかられてカオルはその赤い物体に近づく。

「あぁっ!」

 そこには夢の中で見た『耳をプロペラのように回すウサギもどき』の通常版がいた。
 つまり耳が普通に垂れ下がっている。

「動かないで〜」

 スケッチしようとカバンを開けたとき、カオルは自分の足元に深い闇が広がっていることに気がついた。