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烙妖樹 その1


★★★
それは地獄門の前でじっとしていた。
前へ進もうとするが、何故か身体が空中に溶け込もうとする。
慌ててうずくまる。 門から黒い鎧のようなものをまとった者がやってくる。
(あぁ、そうだ。あれに乗り移れば良い。あの者が、我の身体を吸い込めばいいのだ)
それは相手が近付くのをじっと待った。
★★★
琴座の白銀聖闘士オルフェが久しぶりにアンドロメダ島を訪れたとき、ダイダロスはちょうど家で本を読んでいた。
「よく来たな」
彼は友人の来訪に笑顔を見せる。
「ちょっと頼みたいことがあるんだ。それとこれはお土産だ」
籠にはパンと干し肉などの保存食が入っていた。
「土産とは珍しいな。何かとんでもないことを頼むつもりか?」
そう言いながらもダイダロスは籠を受け取る。島は過酷な環境だったので、食べ物の差し入れは有り難い。
「とんでもないといえば、確かにとんでもないことかもな……」
オルフェは一枚の紙を出と、ダイダロスに渡した。 その紙を読んでいくうちに彼の表情が変わる。
「オルフェ。これは……」
「カメレオン座の青銅聖闘士であるジュネを僕に預ける委任状だ。サインしてくれ」
「……」
「それがないと彼女も聖域で身動きがとれないんだよ」
書類にはジュネをオルフェに預けることと、ジュネに関しての相談をダイダロスは拒否してはならないことが盛り込まれていた。
★★★
居間としてつかっている部屋のテーブルを挟んで、二人の白銀聖闘士が対峙する。 ダイダロスは自分が手放さざるを得なかった弟子の様子を尋ねた。
「彼女は一応元気だ。ただ、アンドロメダが日本に行ってしまったから、少々寂しいらしい」
「……そうか」
「とにかくジュネはアンドロメダ島で育った聖闘士だ。聖域に知り合いがいるわけではない。シャイナや魔鈴も気にかけてくれているけど、いつもというわけにはいかない」
女性の聖闘士は絶対数が足りないのである。それゆえ、シャイナも魔鈴も頻繁に出張をしていた。
「彼女が訓練をしたいとき、最初は僕が関わっていた方が良いと思うんだ。彼女が他の聖闘士と話をするにしても後ろ楯がいたほうが物事はスムーズに進む」
ダイダロスは友人の説明に納得し頷いた。 確かにジュネはたくさんの兄弟子と一人の弟弟子に囲まれた生活をしていたが、兄弟子達は今のジュネに対して手をさしのべることが出来ないのである。偉大なる太古の女神の力によって自分たちは死の国から蘇生したが、ジュネは自分たちを埋葬したという記憶に苦しめられている。
今の彼らに出来ることはジュネとの間に距離をおくことだけだった。
「しかしオルフェ、後々も私が関わっても良いのか?」
ジュネ自身が嫌がらないだろうか。ダイダロスはそこが不安だった。思わず不安げに友人を見てしまう。
するとオルフェはあっさりと答えた。
「最初から徹底的に切り離すことはないだろ。それに、この書類は部外者が煩いことを言い出したときに必要なだけだ」
「……」
「すでにジュネは聖衣を得ているし、将来を誓った相手もいるんだ。面倒なことは起こらないはずだよ」
そう言って彼は楽しそうに笑う。何しろ彼女の相手というのが女神アテナから神聖衣を授かった者で、二人が持っている誓いの指輪は神妃ヘラから貰ったものだというのだ。 これには聖域中が口をつぐむしかない。
神妃ヘラには女神アテナも直接対決を避けている。そのような存在と喧嘩するほど、彼らは考え無しではなかった。
★★★
「ところで、どういう風の吹き回しだ?」
「何が?」
「ジュネの後見役は有り難いが、お前は弟子とかを取るのを嫌がっていただろう」
ダイダロスは書類にサインをしながら友人に尋ねる。当の友人は少し驚いたかのような表情をした。
「男の弟子など取って、そいつがユリティースに横恋慕したら生かしておけなくなるからだ」
「何っ!」
「それは冗談として、僕のような特殊系の聖闘士は弟子を育てるのには向かないよ。感覚を口頭で伝えるのは難しいからね」
聖闘士としてのオルフェには迷いも挫折も無かった。彼は呼吸するかのごとく竪琴を奏でるのだから。
そのためか人に教えるということが上手くない。失敗についての知識が無いからである。
そういう友人の立場は理解できるのだが、どうしても前者が本音で後者は建前に感じられたダイダロスだった。