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小さな奇跡 おまけ編 その3


★★★
「うわっ。すまない!
決して春麗が子供だって言っているわけじゃない。
その、今だってちゃんと家の事を切り盛りしていて……」
言い訳すればする程、言葉は破綻していく。
俺の慌てぶりに、春麗はキョトンとしていた。
「その……、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……」
頭を抱えてしまった。
今まで考えていた事が、一瞬にして白紙になってしまった。
「紫龍?」
「……その……これからも、君の傍に俺の場所があるのか教えてくれないか……」
精一杯の告白。 春麗は驚いている。
「それは家族として?」
「家族としてだけど……、兄と妹としてなら欲しくない……」
一人の男として見てもらえないのなら、この場所は自分にとって苦行の地でしかない。
それなら別の地へ旅立った方が良い。

彼女の顔も見れず、俺は俯いた。
そんな俺の顔を春麗がしゃがんで覗き込む。
「春麗……」
彼女は目の端に涙を浮かべながら微笑んでいた。
「私ね。……大人なったら紫龍のお嫁さんになりたかったの」
彼女はそう言って、俺の髪に手を伸ばした。
★★★
春麗は俺を自分の寝台に腰掛けさせると、背後に廻って俺の髪を三つ編みし始めた。
ただ、編んでは解き、また編む、を繰り返しているので、心を落ち着かせる為の行動だろう。
それに彼女が自分に触れているのである。嫌などころか、結構嬉しい。
「……あのね。私、老師も紫龍も聖闘士だから、いつか居なくなる。
大人になったら一人で生きなきゃいけないんだって……ずっと思っていたの……」
春麗の言葉に、俺は驚いた。 何でそんな寂しい事を、考えていたんだ?
否、考えざるを得なかった彼女の気持ちは判らない訳ではない……。
「一人って……」
「だから、早く大人にならなきゃって思う反面、大人になりたくなかった」
彼女の手の動きが止まる。 声も幾分か震えている。
「子供のままなら、老師も紫龍も此処に居てくれるんじゃないかって、思い込んでいたの……。
結局、あの時は二人に置いていかれたけど……」
あの時とは聖戦の事。 今、思い返しても胸が痛む。
「……だから、今日の誕生日は嬉しかったけど、老師や紫龍とのお別れが近付いているんだって思えて、 なんとなく嫌だった」
「……さっきの暗い表情はそれなのか?」
「……うん……。 でも、もういいの……」
そう言って春麗は後ろから俺に抱きついた。
「!!!!!」
いきなりの柔らかい感触と彼女の体温に、思わず飛び上がりそうになった。
でも、離れて欲しくない……。
「春麗!」
「……もういいの……。 紫龍は傍に居てくれるんでしょ」
泣いている彼女を見て、硬直してしまう。
「……そういう意味じゃないの?」
★★★
彼女の為に聖闘士である事を止めるという意味なら、情愛はそれを肯定しそうだが、義はそれを否定する。
仲間が傷つきながらも闘い続けているのは、守りたいものがあるからだ。
自分もまた、彼女の生きるこの世界を守る為に闘い続けてきた。

「……すまない……。 俺が言えるのは、君のもとに帰る努力をするという事だけだ……」
最後まで俺は狡い人間だと思う。
すると春麗は、さらに抱きつく腕に力を込めた。 胸が当たっている……。
「……嘘つき……」
その通りだ。
「でも、約束よ」
えっ??
★★★
春麗は俺の背中から離れた。

「春麗……」
「約束したからね。どんなに時間がかかっても帰って来てよ」
そう言ってポロポロと綺麗な涙を零す彼女。
「わかった……」
絶対に春麗の元へ帰る。どんな苦難が待ち受けようとも……。
俺の手は、その柔らかそうな唇に少し触れた。
彼女が目を瞑る。
この次の行動が判っているのに、一瞬躊躇った。

「……」
春麗の頬にキスをする。 そして、今度はその唇に……。

孤独だった自分がやっと手に入れた、かけがえのない存在。
やっと老師のおっしゃった一人立ちという言葉の意味が、わかった様な気がした。
自分独りで生きるのではない。 大きくて広い世界の中で誰かを愛し、自分を愛してくれる存在と共に生きる。
そうして初めて自分は一人の人間として生きてゆけるのだ。
★★★

この時俺は、春麗がこの世に生まれていて、この場所にいる奇跡に感謝した。

そして、このチャンスをくれた少々強引な黄金の輝きを持つ聖闘士たちにも礼をしなければと思った。
少なくとも老師が不機嫌な顔で此処へ戻ってきた時は、春麗と二人で彼らの弁護をしたい。
俺がそう言うと、春麗も賛成してくれた。

老師。
申し訳ありませんが、今回ばかりは老師に意見する俺を許して下さい。


★★★★★

あとがき

随分お待たせしまくっておりました。
気に入ってくださると、幸いです。