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「うわっ。すまない!
決して春麗が子供だって言っているわけじゃない。 その、今だってちゃんと家の事を切り盛りしていて……」 言い訳すればする程、言葉は破綻していく。 俺の慌てぶりに、春麗はキョトンとしていた。 「その……、俺が言いたいのはそういう事じゃなくて……」 頭を抱えてしまった。 今まで考えていた事が、一瞬にして白紙になってしまった。 「紫龍?」 「……その……これからも、君の傍に俺の場所があるのか教えてくれないか……」 精一杯の告白。 春麗は驚いている。 「それは家族として?」 「家族としてだけど……、兄と妹としてなら欲しくない……」 一人の男として見てもらえないのなら、この場所は自分にとって苦行の地でしかない。 それなら別の地へ旅立った方が良い。 彼女の顔も見れず、俺は俯いた。 そんな俺の顔を春麗がしゃがんで覗き込む。 「春麗……」 彼女は目の端に涙を浮かべながら微笑んでいた。 「私ね。……大人なったら紫龍のお嫁さんになりたかったの」 彼女はそう言って、俺の髪に手を伸ばした。 |
春麗は俺を自分の寝台に腰掛けさせると、背後に廻って俺の髪を三つ編みし始めた。
ただ、編んでは解き、また編む、を繰り返しているので、心を落ち着かせる為の行動だろう。 それに彼女が自分に触れているのである。嫌などころか、結構嬉しい。 「……あのね。私、老師も紫龍も聖闘士だから、いつか居なくなる。 大人になったら一人で生きなきゃいけないんだって……ずっと思っていたの……」 春麗の言葉に、俺は驚いた。 何でそんな寂しい事を、考えていたんだ? 否、考えざるを得なかった彼女の気持ちは判らない訳ではない……。 「一人って……」 「だから、早く大人にならなきゃって思う反面、大人になりたくなかった」 彼女の手の動きが止まる。 声も幾分か震えている。 「子供のままなら、老師も紫龍も此処に居てくれるんじゃないかって、思い込んでいたの……。 結局、あの時は二人に置いていかれたけど……」 あの時とは聖戦の事。 今、思い返しても胸が痛む。 「……だから、今日の誕生日は嬉しかったけど、老師や紫龍とのお別れが近付いているんだって思えて、 なんとなく嫌だった」 「……さっきの暗い表情はそれなのか?」 「……うん……。 でも、もういいの……」 そう言って春麗は後ろから俺に抱きついた。 「!!!!!」 いきなりの柔らかい感触と彼女の体温に、思わず飛び上がりそうになった。 でも、離れて欲しくない……。 「春麗!」 「……もういいの……。 紫龍は傍に居てくれるんでしょ」 泣いている彼女を見て、硬直してしまう。 「……そういう意味じゃないの?」 |
彼女の為に聖闘士である事を止めるという意味なら、情愛はそれを肯定しそうだが、義はそれを否定する。 仲間が傷つきながらも闘い続けているのは、守りたいものがあるからだ。 自分もまた、彼女の生きるこの世界を守る為に闘い続けてきた。 「……すまない……。 俺が言えるのは、君のもとに帰る努力をするという事だけだ……」 最後まで俺は狡い人間だと思う。 すると春麗は、さらに抱きつく腕に力を込めた。 胸が当たっている……。 「……嘘つき……」 その通りだ。 「でも、約束よ」 えっ?? |
春麗は俺の背中から離れた。 「春麗……」 「約束したからね。どんなに時間がかかっても帰って来てよ」 そう言ってポロポロと綺麗な涙を零す彼女。 「わかった……」 絶対に春麗の元へ帰る。どんな苦難が待ち受けようとも……。 俺の手は、その柔らかそうな唇に少し触れた。 彼女が目を瞑る。 この次の行動が判っているのに、一瞬躊躇った。 「……」 春麗の頬にキスをする。 そして、今度はその唇に……。 孤独だった自分がやっと手に入れた、かけがえのない存在。 やっと老師のおっしゃった一人立ちという言葉の意味が、わかった様な気がした。 自分独りで生きるのではない。 大きくて広い世界の中で誰かを愛し、自分を愛してくれる存在と共に生きる。 そうして初めて自分は一人の人間として生きてゆけるのだ。 |
この時俺は、春麗がこの世に生まれていて、この場所にいる奇跡に感謝した。 |