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小鳥のお茶会
その3 |
その時、二人は自分達を呼ぶ貴鬼の声に気が付く。 「戻ろう」 一輝の言葉にエスメラルダは頷いた。 今度はどちらとも無く手を繋いで小屋まで歩く。 それだけの事なのに、二人は妙に安心出来た。 そして貴鬼は一輝に手荷物を渡すと、さっさと城に戻ってしまう。 渡された瞬特製のサンドウィッチと一緒に渡されたお茶のお蔭で、思いがけずエスメラルダに休息が与えられる。 慌ただしい出来事の数々で、彼女は自分が空腹であった事すら今頃気が付いた様な状態だった。 |
森に柔らかな陽差しが降り注ぐ。
エスメラルダは眩しそうに木漏れ日を見た。 「静かね」 「そうだな」 周囲には鳥の鳴き声しか聞こえず、誰かがこの場所に近付くと言う気配も感じられない。 彼女は暖かいお茶を飲みながら、不意に涙をポロポロと零す。 これには一輝も驚いてしまう。 「熱かったのか?」 すると彼女は涙を見せながら、綺麗な微笑みを見せた。 「……違うの……。お茶がとても美味しくって……」 デスクィーン島で奴隷として働かされていた彼女には、この色々な人達の優しさが嬉しい。 「……一輝がいて、瞬さんに会えて……。 貴鬼さんや春麗さんに親切にして貰って……。 ここのお城の人たちには、よくして貰って……。 ……すごく嬉しいの」 懸命に涙を止めようとするのだが、それは後から後から溢れ出てしまう。 その様子を見て、一輝は彼女の肩を抱く。 |
エスメラルダは一輝に触れる度に嬉しい反面、彼が昔の様な幼い少年ではない事に戸惑う。 そして自分の欠けた記憶が蘇る事が怖かった。 何かとんでもない事が発覚して、いずれ彼に迷惑をかけたらと考えてしまうのだ。 傍にいたいという願いと絶対に迷惑はかけたくはないという気持ちが、心の中で絡み合う。 このまま消えた方が良いのではと言う思いも無い訳ではない。 しかし、そんな気持ちは一輝の一言で霧散してしまった。 「今度こそ、守ってみせる……」 その後で力一杯抱きしめられた時、エスメラルダは驚いた。 嬉しさと切なさで胸が一杯になる。 涙が溢れて止まらなかった。 (一輝が要らないって言うまで、傍にいる……。 要らないって言われたら、その時はすぐに居なくなろう) それしか自分には出来ない。 だからこそそれだけは、ちゃんとやろうと彼女は決意する。 ただ、その瞬間が一秒でも遅くやって来て欲しいと願うエスメラルダだった。 |
そして女神エリスが戻ってきた事により、休息の時間が終わる。
城へ荷物を返しに行く道すがら、エスメラルダはハインシュタインの森を振り返った。 「どうしたんだ?」 「……何でもない」 この時間を忘れない様に。 この風景をいつでも思い出せる様に、もう一度見たと彼女は言えなかった。 そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、一輝は再び歩き出す。 彼女はその後ろを付いていく。 「エスメラルダ。俺から離れるな」 いきなり言われた言葉に、彼女はドキリとする。 自分の気持ちがバレたのだろうか? 「……一輝……」 「返事は?」 そう言って、彼は手を差し伸べる。 「……」 エスメラルダはしばらく一輝の手を見た後、自分もまた手を伸ばした。 「……はい」 再び涙が零れる。 その手の温かさに、彼女は泣くしかなかった。 |
涙で目を赤くしたエスメラルダが一輝と共に来た事で、ハインシュタイン城では手伝いの婦人達が大慌てになる。 『料理人の少年の姉妹が泣きながらやって来た。 きっとご家族に何かあって、近所の仲良しさんと一緒に呼びに来たのだ!』 と、妙に辻褄の合う誤解を一瞬のうちに思い込んでくれたからだ。 いきなり呼ばれた瞬は、何事かと厨房から駆けつける。 ミューに至っては婦人達に訂正するのが面倒になっていた。 きっと彼はこの状況を、そのまま放っておくだろう。 その様子にエスメラルダはきょとんとし、貴鬼は笑い転げた。 |