萌え話W・16 帰還

 沙織たちは事件現場である浜辺に立った。
 砂浜は所々えぐられたようになっており、何か巨大なものが暴れたかのような印象を受ける。
 これには星矢と瞬も青ざめた。
「一体何があったんだ」
 星矢の言葉に答えられる者はいない。誰もが何があったのか分からないのだ。

 このとき、急に突風が吹いた。
 妙に波の音が大きく聞こえ、真っ白い霧が周辺に発生する。
 敵の出現かと、サガとアイオロスが沙織の傍に立つ。他の黄金聖闘士たちも注意深く周囲を見回す。
 それは5秒くらいの出来事なのだが、彼らにはとても長く感じられた。
 そして霧が薄くなったとき、彼らの目に少し離れた浜辺にて人が歩いているのが見えた。

「魔鈴さんだ! シャイナさんたちもいる!!」
「ジュネさん!!」
 星矢と瞬は急いで彼女たちの方へ走り出す。

 先程まで濃かった霧は、すっかり消え去っていた。



萌え話W・17 彼女たちの事情
 行方不明だった者たちは、一応全員戻ってきた。
 ただし、雑兵が二人大怪我を負い、女官二人と雑兵一人が気絶をしている。
 それを女性聖闘士三人と、何とか動ける残りの三人の雑兵が担いだり背負ったりして連れてきたのだ。
 そしてジュネが腕に黒い模様のような傷を負っていた。エスメラルダとユリティース、そして貴鬼は怪我はしていないが、明らかに顔が青ざめている。

 それでも理由を聞かないと、彼らとしては対応が出来ない。
 ということで、喋れない状態の者たちは仕方ないとして、残りの者たちが沙織の前で事情を説明することになった。
 疲労しているのは分かっているが、問題は素早く解決しなくてはならないから。
 社殿にて事情聴取が行われる。
 ちょうどその時になって聖域からの連絡に半分狂乱状態になったオルフェが現れたので、社殿は少し騒がしくなった。
 この友人と行方が分からないと聞かされた弟子を心配してダイダロスも一緒。
 ちなみに社殿には黄金聖闘士が十二人揃っている。これはサガがエスメラルダを探して、他の仲間の修行地にまでやってきて聖域の異変を喋ったからだ。

「まずは何があったのかを説明しなさい」
 沙織の問いに行方不明だった者たちが全員ジュネを見た。
「私が説明するよ、いいね」
 シャイナの言葉にジュネは頷いた。


萌え話W・18 ジュネさんの受難
「私とジュネが組み手をやっていると、いきなり海から巨大な怪物が現れて『貴様がアンドロメダ姫か』とジュネに言ったのです」
 この言葉に部屋に流れる時間が、一瞬、止まったようになる。
 さすがに意外というとか、突飛な内容だったからだ。

 そしてシャイナの話を総括すると、怪物はジュネをアンドロメダ姫と思っており、他の者たちをお付きの人間と見ていたのである。
 このときパニックを起こした雑兵たちが槍を投げつけたが、怪物に届くことなく、逆に高圧の水で出来た刃で二人が怪我をさせられた。その圧倒的な力にシャイナと魔鈴は、何か策を講じないと倒すのは難しいと判断する。
 今はとにかく、エスメラルダとユリティース、そして非戦闘員である二人の女官たちを安全圏に連れ出さなくてはならない。
 ジュネはこの様子に、自分は違うなどといえば知能のある怪物が本物を探して暴れ回り、この場にいる者たちを食い殺そうとするのが理解できた。ゆえに何一つ否定することなく、怪物と話をしたのである。

 怪物は言う。お前を食わねば、怒りが収まらぬと。
 ジュネは答える。私を食うのなら、他の者たちは見逃してもらう。それが出来ぬのなら、この場で私はこの者たちを殺して自害する。そのあとお前は私の脱け殻を食えばいい。
 そう言って、彼女は鎧についていた鎖を手に持つ。
 その並々ならぬ気迫に、怪物の方がハッタリなどではないと判断したらしい。
 再び怪物は言う。我は生贄を望む。ならば特別に一度だけ朝日を見ることを許す。そののち我の前に立て。逃げることは許さぬ。万が一にも自害し時は、お前の国を滅ぼす。

 怪物は口から黒い何かを吐き出す。
 それはジュネの腕に張りついた。
『所有の印がある限り、お前は逃げられぬ』
 怪物は霧に溶け込むように消える。
 こうして彼女たちは元の世界に戻って来た。

萌え話W・19 海側の事情
 カノンは大急ぎで海底神殿へ戻ると、すぐに海将軍たちを呼んだ。

「明日の朝、レヴィアタンが聖域に現れる」
 この言葉に五名の海将軍は一斉に驚く。
 レヴィアタンの行動を前もって知るのは不可能だと思っていたからだ。
「その情報は確実なのですか?」
 クリシュナの問いにカノンは頷く。
「これは絶対だ。ヤツは女聖闘士を何故かアンドロメダ姫と思い込んで、非常に執着している」
 するとバイアンが周囲をキョロキョロと見回した。
「その女聖闘士を連れてはこなかったのか?」
 何も聖域を巻き込まなくてもと彼は思ったのだが、これについて筆頭将軍は眉を顰めながら答えた。
「アテナがレヴィアタン退治を聖闘士たちに命じた。向こうは女聖闘士をこちらに渡す気はさらさらない」
 特にアンドロメダの聖闘士が静かに怒りをためている。
 それを言うと、今度はイオが頭を抱えた。
「どうした、スキュラ」
「その……;レヴィアタンが何故あの場所に閉じ込められていたのかを調べたんだが、どうも海の女神たちは最初、レヴィアタンにアンドロメダ姫を襲わせるつもりだったらしい」
 もちろん神話の時代の話である。
 ところが海皇や他の海の神でも制御が難しい存在など逆に危なすぎるということで、当時の海将軍が命懸けとも言える戦いのあと封じることに成功したのである。
 それゆえ今度は化けクジラに白羽の矢が立ち、ペルセウスがメデューサの首を出して退治するという流れになったのだ。
「アンドロメダ姫への妄執はそれか」
 食い損ね、しかも長い間閉じ込められていたのである。怨みも深いだろう。
 こうなると檻が壊れていないのにレヴィアタンが外へ出たのも、最初から仕組まれていたのかもしれない。
『アンドロメダ姫が再び現れたときに檻が開く』というものを造ることで、海の女神たちは怒りを静めたとも考えられる。
 転生を見込んでなのか、そういう存在を一人は食うという区切りを望んでなのかは分からないが。

「これが聖域側にバレたらコトだな」
 カノンは腕を組む。これは海側の完全な手落ちだ。
「また女神が自ら乗り込んでくるかもしれません」
 これには他のメンバーも溜息をついた。
「とにかく聖域だけに任せるわけにはいかない。アイザックとイオ、クリシュナは一緒に来てくれ。カーサとバイアンは海からサポートすること。レヴィアタンは海底に封じないとならない」
 むしろ異次元に飛ばした方がいいのだろうか。
 筆頭将軍はそんなことをちらりと考えたのだった。

萌え話W・20 冥界側の事情
「貴女を守ってみせます。だから付いてきてください――と手まで握って言ったのですが、肝心の女聖闘士は硬直するし、アンドロメダ座は怒りの小宇宙を立ち昇らせるし、魚座でしょうか、黄金聖闘士からは威圧的な目でみられるしで、説得は失敗しました」

 この報告にラダマンティスとアイアコスは、当たり前だという表情をした。
「問題の女聖闘士がアンドロメダ座の関係者ということは、あのカメレオン座か」
 一度、パンドラがカメレオン座の女性聖闘士を気に入って、冥界側に引き入れようとしたことがある。
All or Nothing その3 続・神速5 参照
 結局、瞬の猛反対で話は立ち消えになったが……。
 ラダマンティスは聖域にて顔合わせのときに紹介されたが、華奢な印象を受けたのを思い出す。
「でも、レヴィアタンは他の魔獣とは性質が違うぞ。聖闘士たちだけでどうにか出来るとは思えない」
 アイアコスは腕を組む。
「まぁ、最終的には我々も協力せざるを得ないだろう。何しろレヴィアタンは不死身と言われている」
 ラダマンティスは言葉を続けた。
「それに、あれに食われたものたちが冥界へ来れなくなるというのは問題だ」

 冥界がレヴィアタンに関わらなければならないのは、それだった。
 何らかの理由でレヴィアタンに食われると、その者は死ぬのではなく海の化け物と同化し消えてしまうと言われているのだ。
 過去にも幾人かの裁かなくてはならない魂が海で姿を消している。
 何よりも彼らが警戒するのは、その意識がレヴィアタンに影響を与えているのか、または死者の肉体と魂がレヴィアタンの力を与えているのかが全然分からないのである。
 それに裁判のときに喋った死者の記憶が正しければ、レヴィアタンにはベヒモスとジズという仲間がいる。それらまで現れたら、聖域にいる聖闘士だけでは対処で出来ないだろう。

 裁判の記録を地上に持ち出すなど許されないが、今回は相手が悪すぎる。
「この記録を女神アテナに見せるか?」
 そう仲間に聞かれて、ミーノスはしばらく考え込む。これは職務規定に違反する。
 女性聖闘士への説得のやる気のなさを聞いていると、二人にはミーノスがこの一件について傍観したがっているように思えた。
 たしかに相手が不死身では、冥闘士としては分が悪い。最悪、こちらの方がレヴィアタンに取り込まれるかもしれない。
 しかも今回は時間がないのでパンドラに許しを得る事も出来ないのだ。
 ならば彼だけでも冥界に残しておくかと二人が考え始めたとき、
「聖闘士の中にはどうも輪廻転生を行える者がいそうで気に入りませんが、むざむざレヴィアタンのエサにさせるのも癪です」
と、ミーノスが笑みを浮かべながら答えたのだった。

目次 / 萌え話W・21〜25に続く