萌え話W・1 魔女ッ子映画を作るようです

 新月の晩に聖域で見た夢は、とある約束を果たさなくてはならないという意味では悪夢に近いかもしれない。
 日本へ戻った沙織は、絵梨衣を補佐役にして自主映画制作を始めることになった。

『妖精の国、危機迫る。助けを求めて主人公たちのいる世界へ』
 他にも幾つか初期設定が書かれた紙を絵梨衣は読む。
「沙織さん、この設定だと魔女ッ子作品ではなく、どちらかというとスーパーヒロイン系では?」
 学園の子たちとアニメーションを見る機会のある絵梨衣が、沙織の出した基本設定に意見を述べる。
 だからといって絵梨衣もこういう世界に詳しいわけではない。
「スーパーヒロインですか?」
「そういう風に言うみたいです」
「そうですか……」
 沙織は素早く次の案を出す。
 特に魔女ッ子に執着があるわけではないが、沙織の中で何かその単語が頭から離れないのである。
「これはどうですか?」
 絵梨衣は再び出された提案を見る。
「沙織さん、聖衣達をヌイグルミ化して妖精扱いというのは可愛いですが、人型の聖衣を魔女ッ子にするのは強引ですよ。パペットアニメにするのなら、可愛いかもしれませんが」
 城戸邸にて二人の少女は関係しているのかどうかもよく分からない本を積み上げながら、作るべき作品の内容を考えていた。
「パペット……、面白そうですね」
 沙織の言葉に絵梨衣は拙いことを口にしたと思った。
 パペットアニメに凝りだしたら素人の手には負えなくなる。
 この作品は、あくまで内輪話で済まさないとならないのだ。

 そもそも夜の女神の子らに、上手いこと言いくるめられたような気がしないこともない。



萌え話W・2 困惑する人々
「女神がいったい何をされているのか、知っているのなら教えてほしい」
 教皇シオン直々の頼みにユリティースはどう説明しようかと少し考えた。
 説明することは出来るが、場合によっては教皇たちの心労を増やしかねない。
 しかし、沙織から口止めをされているわけではないので、彼女は新月の晩に見た夢を説明した。

「アテナ様はモイラ様たちの糸玉を手にしてしまったのです」

 それは不測の事態だった。
 だが、戦神であり機織りなどの技術を司る女神アテナの足元に運命の力を持つ糸玉が転がって来るなど、何か作為的なものを感じないわけではない。
「糸玉をそのまま放置すれば、何も生まれず動かずで糸は痛み朽ちてゆきます。しかし、機織りの女神がそのようなことをすれば人の信仰を失います」
 そこで沙織は一つの作品を作って、その糸玉を使い切ることにしたのである。
 これにはモイラたちも良い案だという意味で頷いた。
 ただ、何を作るのかという段階で女神アパテーと女神ピロテースがいきなり現れたのである。
「そこで物語を紡ぐということでアテナ様は押し切られたのです」

 沙織が押し切られるという事態にシオンは驚いたが、糸玉はモイラたちの影響下にあるもの。
 向こうが主導権を握っているのなら、拒否するのは難しい。
「それで、映画づくりになったのか……」
「はい」
 しかも、ユリティースやほかの少女たちも夢の断片を体験した。
 それは少女たちが武装して変身するという内容。
「こんなの見てみたいねぇ〜」という二柱の女神たちのお気楽な思いで示された話。
 夢の神の嫌がらせかもしれないが、極めつけは偉大なる夜の女神ニュクスが楽しそうに微笑むのである。

 これを覆すのには、全てを壊す覚悟をしなくてはならない。

「そのような破壊活動よりも、ちゃんとした映画を作った方が良いとアテナ様は判断されたのです」
 女神ニュクスはオリュンポス神族の後見役をしている女神である。彼女の存在があるから他の神族が抑えられているのだ。
 確かに女神ニュクスの期待を裏切るのは、世界を壊すことに等しいかもしれない。
 裏切ったところで夜の女神が怒ることはないのだが……。

「事情はわかった」
 今回は聖闘士が力でどうにか出来る問題ではない。
 ただ、命令が下るのを待つしかない。
 しかし、女神アテナが聖闘士達を信頼して関わらせてくれるのだろうか。
 シオンにはそちらの方が不安だった。


萌え話W・3 糸の秘密
『女神アテナ、貴女が手にしたのは美しい気持ちを表す糸。でも、それはとても脆く、機織りどころか手編みでも壊れてしまいます』
 女神ピロテースは沙織の前で灰色と黒が斑のようになっている糸を差し出す。
『この糸は人間の負の意識を表す糸。これと一緒でないと美しい糸はいつまでたっても布にはなりません』
 女神ニュクスの娘神は意味深に笑う。
『どうぞ手にとってください』

 どこか沙織の様子を伺うような態度だった。
「分かりました。これで糸が織れます」
 機織りの女神は躊躇うことなく暗い色の糸を受け取った。

萌え話W・4 何か決まりましたか?
「とにかく大まかに決めておきましょう」
 沙織の言葉に絵梨衣は頷く。
 このままでは自主制作映画では済まなくなってしまう恐れが出てきたからだ。

「では、沙織さん。題名は?」
「セイント・アストラム。でもホーリー・アストラムにしようか迷っています」
 二人の間に一瞬、沈黙が流れた。
 しかし沙織は言葉を続ける。
「少女たちが身にまとうのは『聖飾』と書いてセイクリッド。モデルは聖衣達にします」
 このとき絵梨衣はいやな予感がした。
「聖衣達も登場させるのですか?」
「絵梨衣さんには白鳥をモチーフにした、純白の衣装を身に付けてもらいます。向こうもそれを見たがっているみたいですから」

 沙織の真剣な眼差しに、絵梨衣は逃げられないことを改めて悟った。

萌え話W・5 とにかく決めているようです
「沙織さん、他に何かイメージしているものは有りますか?」
 絵梨衣としては、逃れられないのなら徹底的に関わるしかないと腹を括った。中途半端なことをしては、作中でどんな目に遭わされるか分かったものではない。絶対にやりたくない事は、あらかじめ言っておいた方が得策である。

「そうですね……、これを見せるのは夜の女神とその子供たちですから、闇とか黒をイメージする存在を敵にする事は出来ません」
「……」
「ここはデウス・エクス・マーキナー(機械仕掛けの神)にラスボスになってもらいましょう」
 紙に沙織の言葉を書き込みながら、絵梨衣はどう反応して良いのか迷った。
 本当に機械の神を登場させるのか、それともご都合主義を崩壊させるという意味なのか。
「ものすごくロボット的な存在が良いですね。でも、サイボーグ系の方がドラマチックでしょうか?」
「それは、シナリオ次第な気もしますが」
「とにかく向こうには奇天烈な内容をものともしない『夢の神』がいるのです。真面目にまともな話を作ったところで退屈されるだけです」

 ますます気が重くなる絵梨衣だった。

目次 / 萌え話W・6〜10に続く