萌え話W・6 負の意識を司る糸

 絵梨衣の協力を得ながら、何とか大まかな設定は出来たと沙織は思っていた。
 しかし、夢の中で見る機織り機には糸をかけることすら出来ない。美しい糸も暗い糸も、すぐに切れてしまうのだ。
 このままでは明らかに、映画を作ったところで布にはならないだろう。それはハッキリと理解できた。

 ☆☆☆

 翌日、そのことを絵梨衣に言うと、彼女はしばらく考えたあと言った。
「沙織さん、やっぱりシオン様や黄金聖闘士の皆さんにも協力してもらいましょう」
「何故ですか?」
「……今の状態だと、八方塞がりだからです」
 意外な言葉に沙織は首を傾げる。キャラクターを増やせばそれだけ収拾がつかなくなるのだから、必要最小限と思われる人数で行うことになっており、そのために関わらせる聖闘士もジュネくらいにしているのだ。
 絵梨衣の意見は沙織にとって意味不明に近かった。
「そんなことはないはずです」
 すると絵梨衣はなおも食い下がった。
「それならアストラムたちの装飾に関して、シオン様に相談させてください。他の業者に制作を依頼する前に、専門家の意見を聞いた方が失敗はないと思います」
 失敗はない。
 その意見に沙織は考え込んだ。



萌え話W・7 後継者
 沙織に呼ばれて3日ほどシオンは日本にいた。
 そして白羊宮に戻って来たときの第一声は「仕事を貰ってきた」だった。

 ムウと貴鬼は何事かと思ったが、理由を聞くと 「女神が作られる映画の小道具の幾つかを我々が作ることになった」 とのこと。
「小道具ですか?」
「主役たちの纏う鎧を作ることになった。一応、これは貴鬼の修行の一環ということになっている。我々は補佐役だ」
 シオンとムウは貴鬼の顔を見る。
 貴鬼の方はというと、いきなりの展開に「オイラが?」と困惑していた。

 それでもすぐに事の重大さを認識したらしい。
「オイラ、頑張ります!」
と言った。
 女神アテナから依頼された仕事である。喜びと緊張と興奮で貴鬼は騒ぎそうになったが、一応それを堪える。
「まずはジュネとエスメラルダの鎧を作る。だいたいの設定は決まっているが、デザインはこちらに任せてくれるそうだ」
 シオンはそう言ってテーブルの上に数枚の紙を広げた。

 そこにはキャラクターの設定がおおまかに書かれている。


萌え話W・8 貴方に罰を与えましょう
 ハインシュタイン城にいるパンドラから呼び出しを受けたとき、ラダマンティスは不吉な予感がした。

 日中だったので、彼は冥衣を纏わず普段着のまま。
 出迎えたのは執事として働いているギガント。彼の案内でラダマンティスは城の奥へと向かう。

「良く来たな」
 城の中でも日当たりの良い場所に作られている温室で、女主人は優雅に紅茶を飲んでいる。
「ラダマンティス。其方は三巨頭の一人でありながら、たまに命令違反を行う。これは由々しき問題だ」
 いきなりの言葉に、彼は心臓を掴まれたかのような息苦しさを感じた。
 しかし、事実なので逃げようがない。たとえそれが自分にとって正当性があろうとも、命令違反には罰が与えられなければ冥界の秩序は崩壊してしまう。
 彼は片膝をついて頭を下げた。
「いかようにもご処分ください」
「潔いな」
 パンドラは満足げに頷いた。
「では、これからしばらくの間、アテナのところへ行って自主制作映画の手伝いをしてくるのだ。何でも敵役に其方を使いたいらしい」
「???」
 意外な言葉にラダマンティスは言葉が出ない。
 ややあって、彼は自分が何かの役を問答無用で演じなければならないのだと理解した。
「パンドラ様! 私に演技が出来るとお思いなのですか!!」
「もちろん思ってはいないが、其方の嫌がることでないと罰にはならない」
 再犯を防ぐには、真っ当な罰ではダメだと言うことらしい。何しろ罰そのものに慣れられては意味がない。
「それと、アテナの手伝いと冥界の仕事は両立させるのだ。よいな」

 ラダマンティスはこの瞬間、胃がギリギリと痛んだ。

 そして聖域の方でも、沙織の作る自主制作映画にラダマンティスが出演するという情報が駆けめぐる。
 これについて笑う者もいたが、聖闘士達を関わらせる気がないのではという不安を覚える者も出てきた。
 何となく聖域の人間よりも外部の者に重きを置いているように感じてしまうらしい。

萌え話W・9 会えない時間

 アンドロメダの聖衣を見たいと言われて、瞬は貴鬼とムウの前に自分のパンドラボックスを置いた。

 わざわざ日本へ来た理由というのが、沙織の自主制作映画に使う鎧の参考にしたいので直接見たいらしい。
 しかも貴鬼の修行を兼ねているともなれば、ついでに初期の聖衣がどんな感じだったのかも彼は事細かに話す。
 そして聖衣の修復師の弟子は、真剣な表情で紙に情報を書き込んでいた。

「ところでアンドロメダの聖衣をモデルにした鎧をジュネさんが纏うと聞いているのですが……」
 決定なのですか?と、瞬はムウに尋ねる。
 すると弟子の指導兼補佐に来ていた牡羊座の黄金聖闘士はそうだと答えた。
「女神曰く、ジュネはダブルユーザーという立場だそうです。アクションが出来る人間が限られていますから、彼女は二つの鎧を状況に合わせて身に付けるそうです」
 もちろん作るのはごく普通の鎧なので、ネビュラチェーンに該当する鎖はムウかシオンが念動力でサポートすることになっている。
 このとき貴鬼が無邪気に言った。

「今、女官たちが出演者の美容とかについて気をつけているから、ジュネの髪とかすごく綺麗になっていたよ」

 とにかく目立つらしい。
 おかげで貴鬼たちは鎧の色を微妙に変更した方が良いのではと思うくらいになっていた。
「えっ!」
 ただでさえ綺麗な恋人が、今回の事態で美しさに磨きがかかっている。
 この話に瞬は恋しさ半分不安半分ということで、聖域に駆けつけたくなってしまった。


萌え話W・10 敵役の事情
「どうして女神は敵役をラダマンティス殿に依頼したんじゃ?」
 童虎の問いにシオンはあっさりと答える。

「単なる敵役ではないらしいが、黒い鎧の似合いそうな聖闘士がサガとデスマスクとシュラくらいしか思いつかなかったそうだ」

 しかし、サガをその役にすると迫力がありすぎるし、出演するエスメラルダが何らかの理由で彼を怖がってしまっては意味がない。同じようにデスマスクでは春麗に出演を依頼しにくかった。そしてシュラの場合は、山羊座の聖衣が妙な反応を示すと面倒なので除外ということだった。
 分かるような分からないような理由に、天秤座の黄金聖闘士は苦笑いをした。
「一応、アテナも駄目元でパンドラ殿に話を持っていったら、むしろ見てみたいと言われたらしい」
「……」
 童虎はしばらく考え込む。
 春麗は女神の自主制作映画に出演しても良いと言っている。確かに良い記念かもしれない。それにエスメラルダやユリティースに会えるのだ。台詞や演技については無理はさせないという条件もついている。

「黒を纏うのは一人だけなのか?」
「あと数人はいるはずだが?」
 主人公側の少女は3〜5人を設定しているので、ラダマンティス一人に(偽?)敵役をやらせるのは無理な話。
 ということでシオンは沙織から敵キャラ用の鎧は数体必要だと前もって言われていた。
「わしも参加したいんじゃが、どうだ?」
「おぬしが?」
「春麗たちに怪我をさせないように闘えるぞ」

 その一言にシオンは「女神に言ってみる」と返事をしたのだった。

目次 / 萌え話W・11〜15に続く