萌え話V・11 切ない片思い
 きっかけはペガサスの聖衣だった。

 星矢が怪我で入院をしている間、聖衣は美穂が預かっていた。
 それがいったい何であるのか、美穂はあまり詳しいことは知らない。
 しかし星矢にとって大事なものなのは理解してる。
 病院へ見舞いへ行ったあと、美穂はまるで生き物相手のようにペガサスのパンドラボックスに話しかける。星矢の様子を事細かに……。
 そんなある夜、美穂は不思議な夢を見た。

 夜の海辺に白いペガサスがいた。 ペガサスは美穂に近づく。
「星矢ちゃん、きっと元気になるよ」
 だから心配しないで。そういいながらも美穂の声は震えていた。
 幼馴染みが大変なことになっているというのに、何にも役に立たない自分が情けなくて悔しい。
 美穂は泣きながらペガサスに謝る。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
 あなたの友達を助けたいのに、何も出来なくてごめんなさい……と。
 するとペガサスは、美穂の顔をじっと見たあと顔を寄せる。甘えているような慰めているような仕草。
 彼女はちょっとだけ許されたような気がした。

(この話を美穂から聞いたとき、多分、本物が現れたのだと思ったのよね)
 ただ、美穂自身は不思議な夢で終わらせているのだが。 絵梨衣はお茶を一口飲む。
(それを沙織さんに話したのが、良くなかったのかも……)
 自分も夜の世界に囚われていたとき白鳥座の聖衣が傍にいてくれたので、てっきり聖衣にはそういう性質があるのだと思っていた。
 ところが沙織の様子を見ると、どうも違うらしい。
 それどころか沙織はとにかく聖衣達が行動を起こすところを見たがったのである。
 これが今回の実験が行われた事情だった。


萌え話V・12 傍目八目?
 シャイナは少し離れたところからペガサスの聖衣を見つめていた。
 彼女は弟子のことを思い出す。
 真面目でひたむきだった我が弟子。
 聖衣は星矢のものになったが、それは聖衣が星矢を選んだということなのだろうか?
 ならばカシオスの存在は?
 シャイナは考えを振り払うかのように、首を横に振った。

☆☆☆

 ジュネは思い詰めたような顔でペガサスの聖衣を見ているシャイナに気が付いた。
 そして彼女の方を向いている蠍座の黄金聖衣にも。
(見て……いるよね?)
 聖闘士の気持ちとシンクロしているのか?
 彼女は拙いものを見てしまったような気がした。

☆☆☆

 そんなジュネを見ながら沙織が言う。
「魚座の黄金聖衣、ジュネに話しかけたいのなら近づけば良いのに……」
 その言葉にユリティースは困惑の表情になった。
 ジュネとアフロディーテの厳しい宿命を知っているものとしては、同意しにくい。
 それに瞬に聞かれたら、彼は確実に不機嫌になるだろう。
 数秒の沈黙のあと、不意に絵梨衣が沙織に尋ねた。
「沙織さん、もともと聖域では恋愛関係は禁止ではないのですか?」
 そこへエスメラルダが戻ってくる。
 話を途中から聞いた為か、とても驚いていた。
「あの……、それは本当なのですか?」
 聖闘士を恋人にしているメンバーに尋ねられて、沙織は一瞬何のことか分からないといった顔になる。
 それなら彼女たちは何なのだろうか?
 何か可笑しくなって、沙織はくすくすと笑った。
「ある意味、恋愛は注意事項ですね」
 彼女の微妙な言い回しに、絵梨衣たちは首を傾げた。


萌え話V・13 恋愛事情
「愛や美に関しては女神アフロディーテの管轄です。私もニケも男女の心の変化を止めることは出来ません」
 移ろいやすい人の心を止めるのは難しい。それはお互いの努力を必要とするのだ。
 神が支配できるものではない。
「千の魔獣を倒せば恋人との仲が許されるというのなら手助けのしようもありますが、恋人の心変わりを防ぐために力を与えてくれといわれても聞き入れることは出来ないのです」
 そして人の思考というのは完全ではない。
 相手と自分の気持ち、そして周囲の情勢を正しく認識して行動しているわけではない。
 ある日突然、最愛の恋人から別れを告げられることだってある。
「ですから、聖闘士達も恋愛事情は持ち込まないようにしていたようです。私は聖闘士達に幸福な恋愛を約束してあげることは出来ませんから」
 しかも、女神アフロディーテや他の女神たちがちょっかいをかけたりすれば、事態はややこしくなる。
 いきなり恋人を他の人に取られるのだ。そして女神アテナにはそれを防ぐ力はない。
 そして聖闘士達が恋人を失うことで洒落にならない敗北感に苛まれてしまうという事態は聖域にとって危険だった。酷い場合は心が壊れてしまうことがあるのだから。
「でも、聖闘士達に最後の一線を超えさせないのは、やはりそんな彼らを愛してくれる人だと思います」
 だから恋愛は注意事項ではあるが禁止事項には出来ないと沙織は言った。

萌え話V・14 真夜中の話 その1
 夜も更けていくと、さすがに一般人であるエスメラルダや絵梨衣は睡魔が襲ってくる。
 何も我慢大会をしているわけではないので、シャイナが二人を隣の部屋に連れていった。
 もちろん、護衛(?)として白鳥座の聖衣も一緒である。
 そしてそれが呼び水になったのか、沙織とユリティースも隣の部屋で眠りについた。
 教皇の間には女性聖闘士3名、ニケの杖、黄金聖衣たちが残されたのである。

「最初はこんなものだろう……」
 そこへシャイナが戻ってきた。沙織たちがちゃんと眠るまで傍にいたらしい。
「訓練としては穏やかな方じゃないか?」
 魔鈴の言葉にジュネは緊張した面持ちで頷いたのだった。
 実は今回のイベントは、エスメラルダと絵梨衣に「女性聖闘士に慣れてもらう」為に企画されたものなのだ。
 聖域になにか重大事件が発生した時、重要人物を保護しつつ問題に対応しないとならない。
 それが女神ならあらゆることを排除して守りもするが、それ以外の存在は無視します……では聖闘士という存在の信用に関わる問題だった。

萌え話V・番外編 カメレオン座
 今、教皇の間にある聖衣達は全て神話の時代に作られたものである。しかも有名なものばかり。
 ジュネはその迫力に、やや気押され気味だった。

(やはり神話を持つ聖衣は、迫力がある……)
 幼いころダイダロスからカメレオン座の聖衣を見せてもらったとき、ジュネは神話を持っているのか尋ねたことがある。
 するとカメレオン座はまだ聖衣が誕生して日が浅いと説明された。
「あと2000年したら、天上の南極はカメレオン座に近づく。そのときに聖衣がカメレオンの姿でいてくれるかは分からない」
 何しろカメレオンの語源はギリシャ語のchamai+ leon(地上の+獅子) (注意・異説も、もちろんあります)
 何故、その名を持つものが南の天上にあるのか。疑うとキリのない話である。
 しかも2000年という月日は、途方もないほど先の未来だった。
 もしかすると人間側がいきなり伝説の獅子を創造して南の夜空に冠するかもしれない。
 そう言ってダイダロスは笑っていたが、ジュネには壮大な内容過ぎて、最初はスゴイと思って良いのか何か夢物語を聞かされているような気がした。
 しかし、女神と会ったときに彼女は理解する。
 女神アテナだけは聖域の聖衣達と共に、2000年後も世界を守ってくれている。新しい聖闘士達と共に。
 このとき、カメレオン座の聖衣は何かの影響を受けるかもしれないし、何事もなく女神と共にあるかもしれない。
 ただ、自分が何か不名誉なことを行えば、聖衣の名誉もまた地に落ち泥にまみれるのだ。
 ジュネは教皇の間の入り口から外を見た。
 この地からカメレオン座は見えない。
 それでも聖衣として存在するということは、女神アテナと共に闘えるということ。
 彼女は自分の胸に手を当てる。
 聖衣の声が聞けたらと思った。

萌え話V・15 真夜中の話 その2
「あの……、また闘いが起こるのでしょうか?」
 眠っていたはずの絵梨衣がに急に起きて、不安げに彼女たちに問う。
 どうも自分が聖域に呼ばれたということで、何かしら良くないことが起こっているのではと気を揉んでいるらしい。
 その真剣な様子に、三人は互いに顔を見合わせた。

「絵梨衣ちゃんには聖域というところの性質を説明した方がいいね」
 魔鈴の言葉に絵梨衣は首を傾げた。
「性質……ですか?」
「ここだけの話だけどね」
 明らかに緊張している絵梨衣をリラックスさせるべく、三人は彼女と一緒に絨毯に座る。
 ジュネがポットに飲み物が残っていることに気がついて、絵梨衣にお茶の入ったカップを渡した。
「まずは前提として、この聖域は常に裏切り者とか敵を内包している状態にあるんだよ」
 意外な言葉に絵梨衣は目を丸くした。
「どう……してですか?」
 裏切り者とか敵などいない方が良いのではないのだろうか。絵梨衣にはわけがわからなかった。
「これは一種の防衛機能と思ってくれればいい。聖域が強固なまでに一致団結してしまうと、敵対勢力は色々な力を身に蓄えて聖域を叩き潰そうとするから、そうなると殲滅戦になってしまう。これでは地上は焦土と化してしまうのさ」
 それだけの覚悟がなくては聖域を滅ぼすことは出来ないという逆の意味にも取れる発言だった。
「もちろん裏切り者も敵も、そういう役目で動くという意味だ。本人がどんな考えで動いているとしても」
 本気で聖域を滅ぼすつもりなのか、それともその振りをしているのかは誰にも確認は出来ない。
 当事者も他の者に言う気はない。それだけの真剣さがないと、邪悪なものたちに悟られてしまうからである。
「それに、そういう存在がいると敵側はそいつらに接触を試みる。そこから勝負が始まるのさ」
 地上を守りつつ聖域を存続させる為の方法。
 それは聖闘士たちに過酷な運命を与えるものでもあった。

目次 / 萌え話V・16〜20へ続く