萌え話U・1 冥界側 
 アイアコスはハーデス城に戻る前に、ハインシュタイン城にいるパンドラのご機嫌伺いをすることにした。
  何しろ『お守り』を持っているとはいえ、ガルーダの冥衣に付けてあるリボンを少し汚してしまったのだ。早いうちに弁解はしておいた方が良い。
 ところがパンドラの待つ応接室に入ってみると、ラダマンティスが一緒に居たのである。

「ラダマンティスも何処かで暴れてきたのか?」
 真面目に尋ねてみると、相手は思いっきり彼のことを睨み付けた。
「お前と一緒にするな!」
「ということは、昨夜の聖域での一件は把握済みということか」
 聖域の一部で発生した邪法について冥界でも異変があったらしく、ラダマンティスもまたパンドラに報告と警護に来たらしい。
「聖域の方で何があった」
 目が据わっているラダマンティスの様子に、彼は相手がこの場で詳細な報告を聞くつもりなのだと理解した。
 しかし、パンドラはいいとしてラダマンティスは根掘り葉掘り聞き、場合によっては説教などするかもしれない。それは御免である。
 ということで、彼はパンドラを味方につけることにした。

「パンドラ様、ユリティースから手紙を預かりました」
 聖域に行っていたアイアコスから一通の封筒を手渡しされて、パンドラは一瞬驚いた。
 彼女は手紙とアイアコスを交互に見ると、その手紙を受け取る。
「……その、ユリティースは元気だったか?」
「はい。パンドラ様が蛇除けのためにガルーダを遣わしたことを感謝しておりました」
「そうか」
 パンドラはほっとした様子で手紙を見る。
「アイアコスもユリティースたちも無事なら聖域側は問題ないだろう。ご苦労だった」
 ハインシュタインのお姫様はとっても手紙が気になるらしく、そのまま自室へと戻ってしまった。

「すごい威力だな」
 アイアコスは思わずラダマンティスの方を見る。
「……あぁ、すごい威力だ」
 相手は心底羨ましそうだった。


萌え話U・2 美しい薔薇 
 女性聖闘士への特別訓練は、色々と想定外の展開を迎え、そして夜明けと共に一応の決着を迎える。
 前半部分に多少の破壊行為があったとしても、それは誰もが想定していたのだが……。

「アフロディーテが不機嫌?」
 徹夜のバーベキュー大会から戻ったカミュは、磨羯宮にてシュラに気をつけろと忠告される。
「……何事もなければ気にしないでくれ」
 山羊座の黄金聖闘士は、何処か言いにくそうである。
 しかし、詳しい事情がわからなければ、カミュの方でも気をつけようが無い。
「理由は?」
 そう尋ねると相手は「俺の口からは……」と煮え切らない。
 そこへデスマスクから小宇宙によるテレパシーが届いく。

 一方、双魚宮ではアフロディーテが腹立たしい気持ちを抱えたまま薔薇の世話をしていた。
「……」
 原因はハッキリしている。
 昨日の特別訓練が終了したあと、アンドロメダ座とカメレオン座が手をつないで双魚宮を通り抜けたのである。
 あれは絶対に自分への挑戦だと彼は思った。
 アンドロメダ座は自分に対してかなり警戒心を露にしている。それはそれで面白いと思ったのだが、その後、双魚宮へ来たデスマスクに嫌なことを言われてしまう。
「いいのか? 運命の女なんだろ」
 思わず反射的にピラニアンローズを投げた。
 何よりも動揺しているという事実が腹立たしかった。


萌え話U・3 疲労困憊しています
 魔獣退治に駆り出された青銅聖闘士たちが聖域に戻ってきたのは、バーベキューが終了した日の夜だった。
 朝に現地に向い、夜に数頭退治をして帰宅。 長年魔獣を追い続けた人たちから見ると、本当に反則技のような解決である。
 とはいうものの犠牲者が増えることが無くなったのは喜ばしい話。では魔獣を全滅させることが出来たのかというと、そういうものではない。
 魔への信仰心、恐怖心、悪意。色々な負の意識が魔獣を再び作り上げてしまうことがある。ということで、今回は「いったん出現する力を魔獣は無くした」だけなのだ。
 それでもしばらくの間は、その土地が穏やかになり他の命が無残に散らされることは無くなる。
 どのくらいの期間なのかは、そこに住む人たち次第でしかないが……。
 そして魔獣退治をしたとなると、聖闘士といえども身を清めた方が良い。本人たちのためというよりも、彼らに関わる一般の人たちのために。ということで温泉で身を清めてもらった星矢たちは、ほとんど疲労困憊状態だった。
 それでも紫龍は五老峰に戻ったのだから、根性としか言い様が無い。

 星矢はというと当然のように師匠である魔鈴の家に向かうのだが、一輝と瞬はオルフェのところへ連れて行かれた。
「これから用事があるとしても、明日の朝、エスメラルダさんとユリティースの作る朝食を食べてからにするんだ」
 そういって簡易的な宿泊施設に二人は案内される。
「……えっ?」
「では明日の朝、会おう」
 この時のオルフェは、「もし明日の朝、どちらかがいなかったら、それなりの対応をさせてもらう」という目つきをしていた。


萌え話U・4 兄弟 
 一輝と瞬が連れてこられたのは、聖域に客などがきた時に使用する部屋だった。
 部屋には一応、簡易ベッドがあって毛布も用意されている。何もないとしか言い様の無い場所で暮らした身としては、破格の対応にも思えた。
 一輝は何も言わずに毛布を一枚取ると、それを肩にかけてドアの傍に座り込む。

「兄さん……」
 瞬は兄の行動を見て、胸が痛くなった。侵入者に対応できるように行動しているということは、兄は聖域という場所を警戒しているということである。そして兄をそのようにしてしまったのは自分なのだ。
 彼は同じように毛布を肩からかけると、一輝の隣に座った。
「兄さん……」
「……何だ」
 一輝は仮眠を取るかように目をつぶる。瞬は膝を抱え、顔を埋めた。
「兄さんは僕が弟で……」
 嫌ではなかったかと思い切って聞きたい。だが、どうしても言葉にできない。
 二人の間に沈黙が訪れる。
 しばらくして瞬は自分の髪をクシャクシャにしながら撫でる力強い手に気付く。

「良いに決まっているだろ」

 その言葉に彼は涙が零れそうになった。


萌え話U・5 真夜中の訪問者
 聖域に夜の帳が下りる。
 昼間の喧騒とはうって変わって、とても静かな夜。見回りの雑兵たちも、こんな夜は珍しいと口々に言う。
 しかし、そんな夜に、宝瓶宮では奇妙なことが起こっていた。

「……」
 カミュは自分のパンドラボックスから、『光』が抜け出す現場を見てしまう。
(やはり水瓶座の聖衣には、何か秘密がある)
 黄金聖闘士なりたてのころ、彼は幾度か聖衣から言葉が聞こえたような気がした。
 しかし、そんな話を他の同胞に言ったことは無い。バカにされるか、過剰に神聖視されて鬱陶しいからだ。
 彼は気配を消しながら、『光』の後を追う。それはゆっくりと双魚宮へと進んでいた。

 暗闇の中を前進する光の塊はだんだんと人へと形を作り始める。その姿を見たとき、カミュは思わず声を出しそうになった。
(氷河?)
 あまりハッキリとした造形にはなれないらしいが、それは時々、弟子の氷河に似た後ろ姿になるのだ。
(何なんだ?)
 それは後ろを振り返ることなく、双魚宮へと歩みを進める。


目次 / 萌え話U・6〜10に続く