萌え話U・6 双魚宮にて |
静かすぎる夜、アフロディーテは嫌な予感がした。『こういうとき』にこそ、招かれざる客がやってくる。 そして実際に『それ』はやってきた。 ☆☆☆ ――君には幸せになって欲しくないんだ。 揺らめく金色の人影。それは音声というものは発しなくても、雰囲気的にそう言っている感じがした。 アフロディーテは苦々しい思いで光を見る。 「この世に止まり続けたところで、彼らに逢えると思っているのか」 すると光は大きく揺らめいた後、そのまま周囲へと拡散し消えた。 そのまま彼は視線を柱へと移す。そこにはカミュが立っていた。 |
萌え話U・7 双魚宮にて その2 |
「神殿へ行くのか? それなら勝手に通るがいい」 そういってアフロディーテはその場を立ち去ろうとする。 しかしカミュとしては、相手に逃げられるわけにはいかなかった。 「待て! さっきの光は何だ!!」 明らかにアフロディーテは水瓶座の黄金聖衣から抜け出した光と対峙していた。しかも、特に驚きも警戒もせずに。 カミュはこのとき、水瓶座の神話を思い出した。 水瓶座はもともと、トロイアの王子ガニュメーデースを模している。 とても美しい少年で、その姿に夢中になった大神ゼウスが鷲に姿を変えて天上界へ連れていったとか、ゼウスの使いである大鷲が連れ去ったとか言われている。 そして彼は天上界にて神々の飲み物であるネクタールを給仕する役目を持つようになった。 カミュは沈黙しているアフロディーテにもう一度尋ねた。 「知っているのだろう。あれが何であるのか」 するとアフロディーテは露骨に眉をひそめて、返事をしたくなさそうな顔をする。 「……何故、私が」 「関係……いや、知っていそうだと思ったからだ」 迂闊にアフロディーテをトロイアの関係者と言うのは憚られた。何の証拠もないのだ。 彼は少々苦し紛れの説明をする。 「あの光は人の形を取っていた。聖衣が何かに取り憑かれていたり良くないことの予兆を示しているのなら、問題を片づけないとならない」 聖戦のとき水瓶座の聖衣を弟子の氷河も纏った。その関係で弟子が魔に魅入られるような事態は避けたい。 そういうとアフロディーテは苦笑いをしてカミュについてこいと言った。 「せっかくだから酒でも飲もう」 相手の真意は分からなかったが、カミュは言われるままアフロディーテの後を付いてゆく。 静かな夜は続いていた。 |
萌え話U・8 薔薇の下で |
『薔薇の下で』とは『秘密に』という意味である。 もともと古代のローマ人は天井に薔薇の花をつるして、その下で行われた話は秘密にしたという。 今も場合によっては有効だろう。 というか、その通りにしないと命の保証はしないということかもしれない。 水瓶座の黄金聖闘士はそんなことを考える。 双魚宮に作られている薔薇の花園では、夜だというのに色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。 カミュは小さな四阿にある椅子に座る。これらの花は双魚宮の主が命じれば一斉に毒を撒き散らす可能性があり、なかなか油断の出来ない存在だった。 アフロディーテはグラスを二つテーブルに置くと、ワインを注ぐ。そして一つをカミュに勧めた。 「乾杯という気分ではないから、さっさと用件を済ませる」 そう言ってアフロディーテは一気にグラスのワインを飲んだ。 「……」 「あれはカミュも予想していただろうが、ガニュメーデース本人だ。ただし、向こうは不老不死の精神体だから触れることは出来ない」 この返事にカミュは意外とは思わなかったが、推測があっさりと肯定されたことには驚いてしまった。 「精神体だと……?」 「天上界でネクタルでも飲んだのだろう。退屈な時間を持て余すと、さっきのように聖域に来てはウロウロしている」 カミュですら今回が初めてだというのに、何度も見たかのようなアフロディーテの言葉だった。 しかし、ツッコミは入れにくい。水瓶座の黄金聖闘士は沈黙を守った。 |
萌え話U・9 トロイア |
トロイアの初代王であるトロースには三人の息子と一人の娘がいた。 その中の一人、息子のガニュメーデースは美しい青年で、後にゼウスに攫われ天上界へと連れて行かれてしまう。 「残された兄弟のうちイーロスは、後にパラディオン像を発見しトロイアへ持ち帰った」 それはスパルタの王女ヘレネ誘拐(連れ去り?)に端を発するトロイア戦争にて、トロイアから奪わねば向こうが陥落することはないといわれた神像であった。 実際にこの像をギリシャ側に奪われたことで、トロイアはあっと言う間に敗北してしまったのである。 「もう一人の兄弟、アッサラコスについては特に言うべきことは無い」 「……」 「娘のクレオパトラーについても同じだ」 アフロディーテはカミュを見た。 「では、パラディオン像の入手とガニュメーデースの天上界行きに繋がりがあるといったらどうする?」 意外な展開に、カミュは驚く。 「どういうことだ?」 「だからイーロスがパラディオン像を入手したから、トロイアはその代償にガニュメーデースを天上界へ捧げたのか。それともガニュメーデースが奪われたから、兄弟であるイーロスがパラディオン像の力を望んだのか」 どちらにしても無関係だと思っていた事柄を繋げられ、別の意味が浮かび上がってきたのである。 カミュは腕を組んだ。 |
萌え話U・10 言わぬが花 |
「もう一人の兄弟、アッサラコスについては特に言うべきことは無い」 アフロディーテはそう断言したが、カミュとしてはそれこそが重要ではないのかと考えてしまう。 何しろアッサラコスの孫であるアンキーセースは女神アフロディーテに愛されて彼女との間に息子が生まれるのだ。そしてその息子こそ、トロイア戦争にて最後までトロイアを守り闘った英雄なのである。 神像パラディオンは彼の一族が守っていたのではなかろうか。カミュは目の前にいる青年を見た。 (想像が過ぎるな) これは仮説どころか、妄想の領域である。 本来、女神と呼ばれる存在が人との間に子を生すのは稀だが、そのようなものを証拠にする事は出来ない。 「どうした、カミュ」 厳しい目で問われて、カミュは薄く笑った。 「あいにくガニュメーデースと直接会話した事がないので、当時の事情は分からないとしか言い様がない。それに今まで会話が成立した事がないから、これから先も話をするのは無理だろう。向こうも私に話を聞いてほしいわけではなさそうだからな」 余計な詮索はしない。暗にそう告げると、アフロディーテもまた仕方がないという表情をした。 |