萌え話66 夜明け
 森の方から幾つもの灯が現れる。
 何事かと闘士たちは警戒したが、そこから現れたのは星矢と黒衣の女性だった。

「時間切れのようです」
 少女たちと話をしていた老婦人が立ち上がる。
「どちらに帰られるのですか?」
 エスメラルダの言葉に老婦人はにっこりと笑う。
「我が家です。貴女たちを連れて帰りたいところですが、保護者の方たちに睨まれますね」
 彼女はそういって黒衣の女性のところへ行く。その遠ざかる姿が揺らめいたかと思うと、今度は若い女性へと変化した。目の前で変身されて、女官たちから驚きの声があがる。これは女神アテナ以外の女神を見るのが初めてなのだから仕方がない。むしろ今夜の出来事は人間たちにとっては僥倖だろう。彼女は迎えに来た女性に話しかける。すると黒衣の女性がエスメラルダと春麗の前にやってきた。
「お二人とも、無事で何よりです」
 そう言って微笑む女性は、朝の光とともに姿が薄くなる。
「聖域は安全なようですね」
 この言葉と共に女性たちは姿を消し、森の灯も消えた。そして黄金聖闘士たちは片膝を付き、礼を持って女性たちを見送る。星矢たちも慌てて同じように礼をした。名のある女神が聖域を褒めたのだ。これは女神アテナに、真っ先に伝えたい喜びだった。

萌え話66.5 夜明け・補足
「ユリティースは知っているよね」
 オルフェの問いに彼女は頷く。
「はい。あの老婦人は女神キュベレー様。そして後からいらっしゃったのは女神ニュクス様です」
 人に化けてここへ来た女神の真意が分からず、ユリティースも他に害がでない限りは沈黙を守ったということらしい。そして超強力な権力を持つ女神たちが来たということで、誰もが星矢を見る。
  星矢自身は「えっ、そんなにスゴイのか?」という感じで周囲を見回す。そして瞬はジュネを連れて行かれなくて、ほっとしていた。

萌え話67 約束事
 一緒にいた老婦人が実は女神様だった。このことに春麗とエスメラルダは驚き、困惑する。
「私……、全然気がつかなかった……」
 沙織と一緒に行った「女神の宴」で会ったことがあるはずなのに、何も思い出さなかった。春麗は失礼なことをしたのだと、真っ青になる。しかし、ユリティースは大丈夫だと彼女を慰めた。
「向こうが正体を知られないようにしていたのですから、春麗さんが気に病むことは無いですよ」
 相手はそれを楽しんでいたのですからと言われて、春麗は納得する。ところがエスメラルダの方は悲しげな表情になっていた。
「もしかしたら私、失礼なことをしちゃったかも……」
 するとオルフェが笑いながらそんなことはないと否定。
「女神が気まぐれで怒ったりしたら、それこそ双子座様やシードラゴン様に相談すれば良いのです。お二方とも貴女を妹分にするときに言いましたよね」
「……」
「自分たちを面倒事に関わらせる事と」
 これはエスメラルダを安心させるだけではなく、聖域と海界の平和に必要なことだった。二人は問題処理能力が高すぎるため、平和な時ではむしろ自分を抑えすぎて無理をしてしまうのである。 美しい妹分を守るというのは、彼らにとって良いガス抜きになっていた。
 しかしそうは言われても、彼女としては後見役の二人に迷惑をかけたくないと考えてしまう。
「でも、一輝やサガさんやカノン兄さまを困らせるようなことをしていたら……」
 この発言に聖闘士達の視線がカノンに集中する。一輝も何事かと海将軍に冷たい視線を向けた。サガに至っては何か黒い小宇宙が立ち上っている。
「なんでお前がエスメラルダに“兄さま”と呼ばれているんだ!」
 実兄の冷たい質問にカノンはあっさりと答えた。
「兄さまと呼ばないと返事をしないと言ってあるからだ」
 堂々といわれて、アルデバランとカミュがサガを抑える羽目になった。


萌え話68 暁の災難

 女性聖闘士から片時も離れなかった女性たち。朝の光と共にその姿が微妙に変化する。美しい姿、はかなげな様子、人とは何処か違う雰囲気。このときジュネは彼女たちの正体に気がついた。
「もしかして……貴女たちはニンフなの?」
 すると彼女たちは頷く。そして淡い光をまとうニンフたちはジュネに懇願する。
「聖闘士さま、私たちのところへ来てください」
「そしていつまでも一緒にいましょう」
「みんな、会いたがっています」
 次々と言われ、そして男の名前を次々出されてジュネは困惑してしまう。ニンフである彼女たちを個人的に知っているというわけではないし、男の名前に心当たりはない。
 しかし、周りの人間はそうは思わないだろう。精霊にありがちな「可愛いイタズラ」と判断するには、性質が迷惑このうえなかった。
 そして瞬はというと……。
「……」
 不穏な小宇宙をまき散らせてニンフに近づいてはいけないとオルフェに言われて、星矢に羽交い締めにされいた。



萌え話69 瞬の回想
 アンドロメダ島に来てから数年後、瞬は奇妙な夢を見た。その夢が何なのか、当時の彼には分からなかった。 だが、今は朧げながらも夢の意味を理解できるような気がする。

 その夢で、彼は当時は見たことの無かったはずの聖域にいた。キョロキョロとしながら歩いていると、とある屋敷から女性たちの嘆く声が聞こえる。気になって入ってみると、そこには大勢の女性がいた。彼女たちはどうやら、巫女様と呼ばれる女性に降りかかった不幸を嘆いているらしい。
  瞬はそのまま屋敷の奥へと進む。どうしても巫女様を助けたいと思ったからだ。
(どこだろう……)
 見知らぬ子供が屋敷に入り込んでいても周りの人たちは特に気にした様子もなく、むしろ瞬に巫女様の居場所を教えてくれた。そして目的の部屋の中で、瞬は巫女様と会ったのである。
 彼女は美しい金色の髪を持ち、瞬はすぐに彼女がジュネに似ていると感じた。
「ジュネさん、どうして泣いているの?」
 考えてみれば素顔を知らない時期なのに、瞬は何の疑問も持ってはいない。当時もこれは夢なのだからと納得していた。どにかく彼の問いに巫女様は答える。
「これからとある国の王様のところへ、お嫁さんになりに行くのです」
 そう言われたとき、ものすごいショックを受けた。
(聖域はジュネさんを……)
 瞬は彼女の手を取ろうとした。ところが巫女様は部屋を出てしまう。追いかけようとしたが、もう彼女の姿はどこにも無い。
(ジュネさん!)
 いつの間にか彼は荘厳な建物の中にいた。そこでは一人の聖闘士が立っていた。顔は分からない。ただ、周囲にいた大人たちの言葉が耳に届く。
  彼は幾つもの魔獣を倒し人々を救ったということで、教皇から報奨を得るのだという。しかもそれは何処かの神に仕える巫女で、聖闘士である男のたっての願いだとか。そして彼は美しい女性を教皇から下賜される。

(どうしてジュネさんが無理矢理嫁がされるのに、あの聖闘士は違う神の巫女をお嫁さんに出来るんだ!)

 瞬は聖闘士の事を睨み付ける。 その視線を感じたのか、聖闘士が振り返ろうとした。 このとき彼は目を覚ましたのである。


萌え話70 苦手な相手
「オルフェさん、どうして瞬さんはニンフさんに近づいてはいけないのですか?」
 状況の分からないエスメラルダは首を傾げながら尋ねる。春麗も不思議そうな顔をしていた。
 オルフェは苦笑いをしながら答える。
「ニンフとというのは結構デリケートな存在なんですよ。我々聖闘士が冷静でないときに近づいたら、向こうを吹き飛ばすか消滅させてしまうかもしれません」
 では、何故夜間の騒ぎは大丈夫だったのかというと、推測として女神キュベレーか女神ニュクスが保護してくれていたのだろうというらしい。
「全部推測でしかないですが、たぶん当たりです。ですからもっと力を持つ黄金聖闘士たちも、今の状態では彼女たちには近づけません」
 先程女神ニュクスから言葉を賜った直後にニンフに怪我をさせるなど、冗談でもやりたくない。しかし、今の段階ではジュネが一緒に行くと言わないとニンフたちはここを去らないだろう。
「でも、そうするとニンフたちがカメレオン座を返してくれるのかかなり怪しくなる……」
 それこそ聖域に戻るまで20年くらい遠回りをさせられたら、洒落にならない話である。
 一方、瞬の方はというと、 「僕はもう落ち着いている!」 「嘘をつけ!!」 などと言い合いをしていたが、結局星矢は半分疑いながらも拘束を解いた。
「しかし、困ったな」
 相手がニンフでは一輝や紫龍も良い知恵が浮かばない。むしろ怪我をさせれば災いを呼ぶかもしれない相手なのだ。そんななかユリティースが何かを思いついたらしく、不安げなエスメラルダに耳打ちをした。

目次 / 萌え話 71〜75 に続く