萌え話71 絶体絶命
 ニンフたちに囲まれて、ジュネはどう逃げようか真面目に考えた。実力行使をすれば簡単だが、それだとニンフたちが怪我をしたり不機嫌になる可能性が高い。そうすると後々までしこりを残すこととなる。
 では、神妃からもらった指輪を見せるべきか。これは正直言って劇薬に匹敵する。事態の展開によってはニンフたちが罰を受けかねない。そして神妃を頼るのは危険だった。
 そうなると、説得するしかないのだが……。
 良く言えば一途、悪く言えば人の話を中途半端にしか聞かないニンフたちである。どう言ったらいいのか。ジュネは悩んでしまった。

「聖闘士様?」
 ニンフたちがジュネの両腕に掴まる。
(しまった!)
 このままでは逆に向こうの世界に連れて行かれるかもしれない。
 しかし、振り払えばニンフたちに怪我をさせてしまう。絶体絶命。
 そこへ一人の少女が駆け寄ってきた。


萌え話72 絶対的守護者
「お願いです。妹を連れて行かないでください」
 少しおびえたようなエスメラルダの言葉に、ジュネもニンフたちも動きが止まった。他の闘士たちも興味深げに様子を見ている。
「……妹?」
「ようやっと仲良くなれたんです。お願いします」
 祈るように両手を合わせて、彼女はニンフたちに話しかける。ジュネはニンフたちが戸惑っているのが分かった。彼女はエスメラルダに話を合わせる。
「貴女たちの誘いは有り難いが、私は姉様の傍を離れるわけにはいかない」
 彼女たちはジュネから手を離す。そして何度もエスメラルダとジュネを交互に見ていいた。

「あれは何ですか」
 瞬がユリティースに尋ねる。目の前で行われていることの意味がわからないのだ。

「ジュネ!」
 エスメラルダが彼女の腕を両手で抱えるようにすがり付く。その姿は大切な姉妹を奪われまいとしているかのようだった。
「お願いします。妹を……連れて行かないでください」
 ジュネはそのままニンフたちを見た。

「今回、エスメラルダさんが堂々と妹宣言をしましたから、向こうはジュネさんとエスメラルダさんが同じ一族の出と思うでしょう。そして彼女たちはエスメラルダさんとニュクス様が言葉を交わしているところを見ています」
 瞬はあっという表情をした。
「……それか!」
 さすがにニンフたちも、夜の女神の関係者を泣かせたくはないだろう。それにエスメラルダは誤解されやすい言い方をしてはいるが、嘘は言ってはいない。二人の少女の恋人たちが実の兄弟なのだから、遠くない未来、彼女たちは義理の姉妹になるのだ。
「何よりもニンフたちよりエスメラルダさんの方が儚げです。そんなひとから守護役の妹を奪おうなど、誰も味方しません」
 困ったように笑うユリティースの後ろで、紫龍たちが納得をしていた。

「聖闘士様……」
 当のニンフたちも、これ以上いてはエスメラルダを泣かせかねないと判断したらしく、 「では、いつか遊びに来てくださいね」と言って光の中に姿を消す。
 この瞬間、朝日がより強い光りで世界を照らす。そして柔らかな風が木や草を揺らしていた。


萌え話73 後始末?
「そんな事になっておったとは……」
 二日酔いの一歩手前のような不快感を抱えながら、シオンと童虎はオルフェの報告を聞いていた。
 白羊宮の一室のテーブルの上には二枚の紙。夜間に行われた戦歴が記録されている。後の資料になるだろうと、彼は瞬に記録係をさせていたのだ。
「それで春麗たちはどうしたんじゃ?」
「夜が明けてから女性陣は全員、沐浴をさせるためにロドリオ村の方にある温泉へ移動させました。魔気と神気が混雑する空間に一晩中いたのですから、身体を清めて休ませなくてはなりません。これは魔鈴、シャイナ、ジュネの三名に同行してもらいました」
 三名の女性聖闘士を付ける。これについてオルフェは、「一応警戒しないと、逆に禍々しきものが彼女たちに引き寄せられ、昼間でも現れる可能性も出てくる」と説明した。この報告に二人は頷く。
「それで他の聖闘士達の方は?」
「黄金聖闘士たちは自由行動ですが、青銅聖闘士たちは魔物退治に協力してもらいます。今の彼らならほとんど反則技のように向こうが近づくでしょう」
 長年、追い続けているけど姿を見せない邪悪なものたち。それらを誘き寄せるための格好の囮が出来たのだ。利用しない手はない。
 聖域は合理性を追求したのである。

 ちなみにカノンとアイアコスは、さっさと帰ったということだった。


萌え話74 攻撃許可
 ロドリオ村から少し離れたところに温泉は湧き出ていた。
 なぜ温泉施設かあるのか?
 一説によると聖闘士の一人が大地を割ったときに吹き出したらしい。
 ところが沐浴施設という説明ではあったが、どちらかというと中身は日本の温泉施設に近いものがある。これは女神アテナが日本で暮らしている期間が長いので、聖域の方でも女神に喜んでもらおうと日本を感じさせる施設を新しく作ったらしい。ただ、何となく多国籍感がするので、目的不明の部屋もあったりする。
 そんな場所で三名の女性聖闘士たちがとある打ち合わせをしていた。

「その攻撃許可って……、本気ですか!」
 ジュネは話の内容に唖然としていた。その反応に二人の白銀聖闘士は苦笑いをしている。
「仮面の掟を使わなくても正当防衛にするとまで言われているから、一般人だろうがなんだろうが叩きのめせってことだろう」
 三人が話しているのは温泉に近づいた男への対処方。
 少女たちの入浴中に男が温泉に近づいたら、問答無用で捕らえろと言われていた。実際、女性の聖闘士は高貴な女性の警護ににつく場合など、仮面の掟を持ち出して不埒な男を処分することが多い。無慈悲な対応であっても掟なので、彼女たちが良心の呵責を感じる必要がないのだ。
「まぁ、水浴びをする乙女を覗き見た男には漏れなく悲劇のプレゼント、というのは昔からのお約束だ。それに動けなくしておけと言われただけだし、あとはサガかオルフェが対応するだろう」
 シャイナの言葉にジュネは眉をひそめる。魔鈴は窓の外を見ていた。
(そっちの方がヤバイ気がする……)
 そう思いつつ、ジュネは頷くしかなかった。


萌え話75 オチはこの人!
「あの老婦人が女神キュベレーだと」
 アルデバランから明け方の出来事を聞かされて、アイオリアは納得した。
(だから何処かで見たことがあると思ったんだ……)
 何をしに来たのかは不明だが、大人しく帰ってくれたことに彼は安堵する。
 そして自分が不敬なことをしなかったかと、少しだけ不安になった。でもこの場合、一番問題があるのはホイホイと女神に利用される星矢の方かもしれない。
(魔鈴も大変だな……)
 アイオリアは魔鈴に同情した。

☆☆☆

その頃、女性聖闘士はローテーションを組んで温泉に入っていた。
 最後に入ることになったのは魔鈴。彼女は一人でゆっくりと湯に入る。そこへやって来たのはシャイナだった。彼女も湯上がりのため、髪を乾かすようにタオルを首にかけている。

「魔鈴、薬湯」
「あぁ、ありがとう」
 渡されたカップを彼女は受け取ると、そのまま一口飲む。聖闘士は一般人よりも丈夫なので、沐浴というわりに略式で終了となる。道具や香草などに限りがある為だが、魔鈴はそれで良いと思った。正式のものは、とにかく面倒なのだ。
「魔鈴」
「ん?」
「あんた、あの老婦人が女神キュベレーだって気づいていただろ」
「……」
 返事の無いことにシャイナはニヤリと笑う。
「いる間中、アイオリアとフェニックス、そしてジュネの事をチラチラと良く見ていたからね。あの獅子好きのブレなさは、さすがだと思うよ」
 多分、脳内でジュネとどちらの組み合わせが、獅子に変化させたときに素敵か考えていたのだろう。ただ、ジュネには瞬が守り抜く姿勢を見せていたし、一輝にはエスメラルダがいた。前者も面倒なことになりそうだが、後者については女神キュベレーも夜の女神を敵に回したくはないはず。そうすると一番狙われやすいのは、相も変わらずアイオリアだったりする。
 魔鈴は薬湯を飲み干すと、傍の岩の上にカップを置いた。
「知らなかったといえば信じてくれるかい?」
 するとシャイナは、「気がつかなきゃ盗られるだけだ」といってその場から離れてしまった。魔鈴は湯を手に掬う。
「まったく、勝手なことを……」
 思い出すのはアイオロスの言葉。どうも彼は何か勘づいていたらしい。

『魔鈴が最後の砦だ。頼む』

 獅子座の黄金聖闘士は無敵とも言える強さを持つ。自分が守る必要など何処にある。そう反論したかったが、アイオロスは既に彼女の前からいなくなっていた。
「しょうがない……」
 これもアイオロスの策略かもしれないと、彼女は思った。


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