萌え話56 疑惑と断言
「アイオロス……。おまえは何を知っているんだ」
 カノンの問いに、アイオロスは一瞬言葉を失う。今回は関係ないが、それとなく予言のことについて言うべきか。それとも賢者ケイロンから話し始めるべきかと逡巡したとき、サガか溜息をついた。
「カノン、アイオロスは思い込んでいる事を口にしているだけだ」
 その場に沈黙が流れる。サガは言葉を続けた。
「昔からアイオロスは野生のカンだといって、思い込んだことを確かめもせずに正解だと思ってしまう。まぁ、ハズレではないこともあったが、だからといって全てを信じるのは危険だ。こいつの思考に確認を取るという次の段階は無い」
 ヒドイ言われようだが、アイオロスに怒る気はない。何しろサガは慎重な人間なのだ。そう考えたらアイオロスは、自分が予言の力について悩んでいたことが急にバカらしくなった。
 大量の情報があれば推測できることを、わざわざ予言と言う必要はない。
「思い込みとはひどいなぁ」
 アイオロスは笑いながら反論をする。しかし、カノンはサガの説明に納得していた。
「たしかに人が化け物を制御出来るようになったと考えるよりは、化け物が人を利用していると思った方がいい」
 カノンは足元の瓦礫を蹴った。その破片には何かが描かれている。
「そのほうがこっちもやりやすい」
 天井を見上げると、そこには異形の獣が張りついていた。


萌え話57 援軍?
 風が吹き、焚き火の炎が揺れる。魔の気配が急に濃くなった。
「囲まれたか」
 アイアコスが立ち上がる。今まで単発的に魔物が現れたのとは違う気配。いくつもの目がこちらを見ていた。 聖闘士たちに緊張が走ったとき、急に空気が冷たくなる。そして周辺に氷の柱が立つ。
「奇妙なことになっているようだな」
 聖域の方からやって来たのは、水瓶座のカミュ。その後ろには牡羊座のムウもいた。
「貴鬼、何があったのですか?」
 ムウが自分の弟子に尋ねる。この二人、白羊宮に料理がなくなったので、バーベキュー会場なら何かあるかと思い来たという。ちなみにシオンと童虎は酔いつぶれたらしい。
 あまりの理由にアルデバランたち聖闘士もアイアコスも、どっと疲れを感じたのだった。


萌え話58 決意
 松明の火で氷柱を見てみると、中心に黒い靄のようなものがある。
「広域殲滅タイプが来たのなら、あとは夜明けを待てば良い」
 アイアコスは二人の来訪者を見たあと、カップに酒を注いだ。ムウとカミュもその言葉の意味を理解する。アルデバランや青銅聖闘士たちでも少女たちを守り抜くのは可能だろうが、数の力に対しては隙が出来やすいし、引き離されたりしたら取りかえしがつかない。オルフェに至っては、メロディに対して何の反応も示さない存在だと面倒なことになる。
 ということで、ムウやカミュのように問答無用である種の防護壁を作れる能力者の登場は有り難かった。
「最初からおまえたちを招待すれば良かったのだな」
 アルデバランが二人の前に肉料理を出す。長い時間、コトコトと煮込まれていたので、ちょうど食べごろになっていた。
「単独行動では守れない事態もあるということですね」
 二人は煮込み料理を受け取る。
「誰一人欠けることなく朝を迎えるためには、そういうことだろうな」
 彼らは口にこそしないが、この中に女神アテナがいれば敵対勢力はそれこそ死に物狂いで非戦闘員である女官や関わった少女たちを傷つけるだろうと考えた。それが有効だと知っているのだから。
「それにしても、いったい何が起こっているんだ?」
 カミュは自分が作り上げた氷柱を見回す。しかし、彼の問いに答えられる者はいない。


萌え話59 推測
 異常事態というのは、慣れてしまった人間には普通のことだが、慣れていない人間には神経と体力をすり減らす力を持っている。
「私のそばにいなさい」
 ジュネに言われて、2〜3人の女官がほっとしたような顔を見せた。異常なまでに怖がるのも聖域で暮らす者としてどうかと思われるが、魔の放つ瘴気に敏感なのだといわれれば恐怖を表に出すなと無理強いは出来ない。むしろ、黄金聖闘士が二名増えたことでリラックスをされても困る。次の瞬間とんでもない化け物が現れないとも限らないからだ。
「……」
 オルフェは星矢が連れてきた老婦人をちらりと見る。彼女はユリティースやエスメラルダ、春麗がそばにいて色々と話をしていた。パニック状態にならないのはありがたいが、あまりにも落ち着きすぎている。
(……正体は分からないが、名のある女神か?)
 ならば化け物たちが神気を察し、それを食らおうと現れたのかもしれない。ただ、自分の恋人やエスメラルダたち若い娘の匂いに引き寄せられたということもあり得る。
 夜明けまではまだ時間があった。


萌え話60 持つべきものは

 床には明らかにこの世のものではない魔物が息絶えていた。
「制御できないくせに過ぎたる存在を呼ぶから、こんなことになるんだ」
 カノンは動かなくなった多頭の魔獣を見下ろす。崩壊した建物。天井は所々崩れ、壁には獣の爪痕が残る。そしてこの獣がここにいる意味を知る人間はいない。
 そこへボロボロの本を持ってサガがやって来た。
「サガ、アイオロスは?」
「小物が逃げたから追いかけている。上手くいけば呼んだ者の手がかりが掴めるとかいって」
「……」
 たしかに、この建物にいたであろう者たちは、自分たちが呼び出したものによって全滅している。ここに元凶がいたのなら自業自得だが、そうでないのならこのような事件を再発させないためにも詳しい情報を収集する必要があった。
「ところで、その本は何だ?」
「大昔に聖域の書庫から盗み出された本だ。女神エリスを呼び出す方法が書かれている」
 懐かしい名前にカノンは眉をひそめる。
「あれを呼び出せるのか?」
 その問いにサガも苦笑いをした。
「無理だろう。たまたま向こうとの利害関係が一致したときの記録だ」
 あの女神は、己を利用しようとする人間に大人しく使われるタイプではない。
「とにかくあとはアイオロスからの情報待ちだな」
 サガの言葉にカノンは腕を組む。
「どうした?」
「……いや……」
(亡者ならばラダマンティスに尋問させるか)
 この時のカノンは、向こうが断るという選択肢を考えてはいなかった。


目次 / 萌え話 61〜65 に続く