萌え話 26 教皇の間と神殿1

「ゴールが神殿なのに、教皇の間にいると黒幕になり損ねるからだよ」
 神殿で彼女たちを待っていたアイオロスの言葉に、魔鈴たちはどっと疲れを感じた。 射手座の黄金聖闘士は、どうにもこうにも思考が読めない。今回の一件も本当に服の性能を確認するためなのか、イマイチ信用できないところがある。
 しかし、当の本人は楽しそうに何かを紙に書き留めていた。

「三人ともほんの少し間に合わなかったから、約束通り三日間は女神の持ってくる服を着ることになる。 ただ、それは今ではない」
 ペナルティなので不意打ちで洋服が用意されるというのだ。彼女たちは「任務に差し障りがないときに、お願いします」と言うしかなかった。
「とにかくご苦労だった。夕飯はエスメラルダさんたちが野外料理を作ってくれているから、それをご馳走になるといいよ」
 黒幕は楽しそうだが、彼女たちは「さっさと服を脱いで眠りたい」と言いたげである。 そんなときに、どこからか地響きのようなものを感じた。
「何だ?」
 アイオロスは階段を駆け下りる。女性聖闘士たちもまた駆け出したのだった。

☆☆☆

 教皇の間では、瞬が少々ボロボロになりながら周囲を見回していた。自分を閉じこめていた石の部屋は、どうやら教皇の間に繋がっていたようである。
(これはいったい……)
 何がなんだかよく分からず戸惑っていると、神殿の方から アイオロスたちが駆け込んできた。

「あっ……」
 瞬は元凶の存在に警戒したが、そのあとから現れたジュネをみて言葉を失う。
(……花嫁だ)
 しかし、ジュネの方は彼の様子に、ただただ驚いていた。
「瞬! どうしたの。大丈夫?」
 駆け寄ってきた彼女から、甘い花の香りがする。瞬としては近づかれるとドキドキしてきた。
「……その……、そこの黄金聖闘士に閉じこめられていたんだ」
 彼はアイオロスを睨みつける。ジュネたちは驚いて、自称黒幕を見たのだった。



萌え話 27 教皇の間と神殿2
「仕方ないだろ。アンドロメダのネビュラチェーンはどんな空間でも越える可能性があるのでは、うっかりすると勝負の邪魔をしかねないからな」
 黒幕の言い分に、状況の分からない瞬はジュネの方を見る。恋人の様子にジュネは自分たちが何故、このような格好をしているのか説明した。最初は女官服についての説明だったので彼も大人しく聞いていたが、黄金聖闘士との勝負になると顔が険しくなる。アフロディーテとの勝負に至っては、真っ青になっていた。

「ジュネさんに何てことをやらせるんですか!」
 一歩間違えれば、彼女はブラッディローズの餌食になっていたのかもしれないのだ。何よりも瞬にとってアフロディーテは、いろいろな意味で警戒すべき人物である。
 しかし、アイオロスはおかしそうに笑うだけ。ますます瞬の目はつり上がった。
「まあまあ、落ち着け」
「落ち着けません!」
「これは、一種の試練なんだ」
「何がですか!」
「これから先、カメレオン座が薔薇に対して恐怖心を持たせないためには必要なんだ」
 この説明に瞬は驚く。

「似たようなシチュエーション、似たような花に関わる度にカメレオン座が苦しむのであれば、それは弱点になり彼女にとって命取りになる。荒療治だが彼女の聖闘士としての誇りに賭けさせてもらった」
 そこまで言われると、瞬としては文句は言えない。彼女は逃げずに、自らの恐怖心と戦って勝ったのだから……。
「わかりました。でも、こんな不意打ちはこれっきりにしてください」
 そう言って瞬は、アンドロメダ座のパンドラボックスを背負い、ジュネの手を引いて教皇の間を出てゆく。彼女は三人の方を振り返ったが、黒幕が行っていいというジェスチャーをしたので、そのまま瞬と一緒に教皇の間から出ていった。思わず可愛らしい恋人たちを見送ったあと、アイオロスがポツリとつぶやく。
「あの調子じゃ、隠し部屋を壊したみたいだな」
「隠し部屋?」
 シャイナが何のことかと尋ねる。
「教皇の間までやってきた不届き者を閉じ込める為にあると言われている部屋だよ。小宇宙の遮断は言うに及ばず、けっこう頑丈な部屋だからアンドロメダを放り込んでおいたのだが、あとで教皇やサガに怒られるなぁ」
 よりにもそんな部屋にアンドロメダ座を軟禁すれば、反撃されるのは目に見えている。星矢たち神聖衣を得た青銅聖闘士たちは、その潜在能力は瞬間的ならば黄金聖闘士たちを超えるのだ。隠し部屋の破壊は成るべくしてなったと言えよう。
 しかし、アイオロスは特に困ったような素振りを見せてはいない。あくまで楽しそうだった。

「ところで、さっきの話は本当ですか?」
「何が?」
「ジュネのことです」
 双魚宮へ続く階段を下りながら、シャイナがアイオロスに訪ねる。アイオロスは遠くにある黄金宮を見ながら答えた。
「本当と言えば本当。それに、あの場で他の理由だとアンドロメダ座はこっちを殺そうとしかねないからなぁ」
「つまり他にも理由が?」
「女官たちから服についての依頼を受けたのも本当。君らの実力を見たかったのも本当。黄金聖闘士たちの様子を見たかったのも本当。13年も不在だと、いろいろと知りたがるものなんだよ」
 それが理由かと、シャイナと魔鈴は気がつく。
(再びこの黄金聖闘士に振り回されそうだ……)
  そう彼女たちは思った。


萌え話 28 獅子宮にて
「何をやっているんだ? おまえは……」
 獅子宮にやってくるなり、アイオロスは溜め息をついた。
「な、何のことだよ。兄さん」
 あまりの対応にアイオリアは狼狽える。そんな弟を見ながら、アイオロスはにやりと笑った。
「疲労困憊している想い人が十二宮の階段を下りてきたんだ。送ろうという気にはならなかったのか?」
 兄の言葉に彼はムッとする。そのような事を言われなくても、魔鈴には声をかけた。しかし、体よく断られたのである。でも、後から来た兄にそのことをいちいち説明する義理はない。
 弟の不機嫌な様子にアイオロスも何かを察したのか、急に話題を変える。
「そういえば、アンドロメダ(座)はカメレオン(座)と手をつないで下りたそうだが、ここでもそうだったか?」
「……たぶん……」
 いつ上にいたのか分からないアンドロメダ座の聖闘士が、自分の姉弟子と仲良さげに手をつないでやってきたときには、さすがに面食らった。微笑ましいと思いつつも、心のどこかで羨ましいような気がした。
 だが、それは表に出さないでおく。
「なるほど、アンドロメダは嫌がらせに、全部の宮を嫁さんと手をつないで下りるつもりだな」
「はぁ?」
「こっちの話だ」
 瞬のしたことは、この聖域において伝説級の自己主張である。これで聖域中の男どもがカメレオン座に横恋慕しようものなら、誰もそいつに味方などしないだろう。
(その点、アイオリアはまだまだ甘いな)
 唯一の救いは、魔鈴の方でも憎からず想ってくれていそうなところだろうか。あの赤い花がそれだけの意味を持っていてくれればの話ではあるが……。

「……おまえ、頑張らないと一生独身だぞ」
 兄の情け容赦ない言葉に、アイオリアは表情を強ばらせたのだった。


萌え話 29 奇妙な質問
 十二宮での大混乱が一応終了。女性聖闘士の三人を労うために、聖域の外れではバーベキューが行われていた。単に年配の女官たちが、野外料理を後輩の女官たちに実地で教えているとも言う。んな賑やかな場所ではあるが、ゲストの一人である春麗には顔見知り以外は女官か聖域関係者だろうという判断しか出来なかった。何しろ聖闘士である紫龍は聖域に顔を出すことは少ないし、星矢たち顔見知りでも聖域にいる女性を全員知っているわけではない。
 さすがにユリティースはほぼ覚えているとは思うが、あいにく彼女は別のことをやっている。何ヶ所かで料理が作られているのだが、一番賑やかなのはアルデバランのところだった。彼の作ったブラックペッパーの効いた南米料理を、一輝とエスメラルダ、そして貴鬼が試食をしていた。年配の女官が一緒におり、アルデバランに料理の仕方を尋ねている。

「春麗、どうしたんだ?」
 紫龍が人の輪から離れたところにいる春麗を呼びに来た。
「あのね、老師が来ないか見ていたんだけど……」
 彼女は何か困惑していた。
「老師ならもうすぐ来ると思うが? 向こうでの話が長引いているのかもしれないな」
 紫龍もまた春麗の見ていた十二宮の方を向く。
「それはいいのだけど、女官さんから変なことを聞かれたの」
「変なこと?」
「エスメラルダさんと瞬さんは実の姉弟なのかって」
 春麗の困惑は紫龍にも理解できた。エスメラルダと瞬はなんとなく似ている。だから血縁関係があるように思われるが、実は関係ない。
「それで春麗はなんと答えたんだ?」
「違いますと答えたけど、エスメラルダさんが一輝さんのお嫁さんになれば、ある意味間違いじゃないのよね。言わなかったけど……」
 ただ、春麗には何となく奇妙な問いに思えるのだ。
「いったいその人は何を聞きたかったんだろうな」
 紫龍も首を傾げた。


萌え話 30 可憐な花
 しばらくして、バーベキュー会場?に瞬とジュネがやってきた。 彼らを見た女官たちから拍手と歓声が起こる。

「遅くなってゴメン!」
 瞬はジュネをお姫様だっこして連れてきたのである。
「瞬、降ろしてよ!」
 ジュネは着替えもせず、飾りいっぱいの巫女服で花束まで持っている。色々な意味でインパクトのある二人だった。一輝は表情こそ変えなかったが、内心は何事かと思っていた。 そして隣にいるエスメラルダは、「きれい……」と呟く。

「どうしたのですか? それは……」
 瞬の派手な登場に、ユリティースが尋ねる。すると彼はジュネを地面に降ろしもせずに答えた。
「みんなにジュネさんの格好を見てもらいたくて、このまま連れてきたんだ。でも、手を離すと逃げようとするんだよね」
 そこで、お姫様抱っこで連れてきたのだという。彼の思い切った行動に、一輝と紫龍は思わず(自分に出来るだろうか)と自問自答してしまう。そして女官たちは、綺麗に着飾った女性聖闘士が来てくれた事を喜ぶ。ジュネの格好は、彼女たちにとって努力の結晶なのだ。

「もう逃げないから降ろして!」
 ここまで来るとジュネも、開き直るしかないと割り切る。それに、お姫様抱っこを続けられる方が、もっと恥ずかしい。しかし、瞬は少し疑っていた。
「本当?」
「本当!」
 瞬相手では、ジュネも形無しだった。

 その後、シャイナと魔鈴がご飯を食べに来たのだが、服装は見慣れた普段着。会場いた女性たちはかなりガッカリしてしまう。
「なんなんだ、いったい」
「さぁ?」
 二人は特に気にしていなかった。

目次 / 萌え話 31〜35 に続く