萌え話 1 乙女達の憂鬱

聖域にて

 魔鈴・シャイナ・ジュネが白いキトンを着ている。それはドリス式だったりイオニア式だったり、日によって違っていた。しかも徐々に装飾が華美になり、髪飾りにヴェールのようなものが付き始めたときには、「花嫁が歩いている……」としか言いようがない。
 なぜ、そのような格好をしているのか。
 他の神殿で起こったトラブルを秘密裏に解決させるともなれば、彼女たちが巫女のふりをすることもあり得るからだ。
 聖闘士は地上の守護者なのだ。助けを求める者たちを見捨てることは出来ない。 ということで彼女たちが他の女神の神殿へ行くときなど、キトン+ヒマティオンなどで優美な姿という場合も出てくる。
 しかし、慣れないドレスなどで動きを封じられるのは、有事に対して後れをとる。
 そこで彼女たちにはドレスに慣れてもらうと同時に、動きを阻害する部分には直接改良を加えるなどデータ収集をすることになったのである。



萌え話 2 可憐な花々

 その日の五老峰は朝から雨が降っていたということで、童虎は春麗を聖域へと連れて行った。
 最近、聖域では女官たちが女性聖闘士の為に任務用の衣装を作っていたので、生地の端ぎれがたっぷりとある。 それを若い娘たちが小物などを作っているという話をしたら、春麗が興味を示したのだ。
 実際に女性聖闘士は訓練の一環でキトンなどを身につけているのだが、その服の動きが彼女たちの行動を邪魔すると判明すれば、改良またはあっさりと廃棄される。何度も補修をしていると、糸や当て布が重さを持ち始めるというのが理由だった。
 しかしそういう服をあっさりと捨ててはもったいないので、だいたいは色々な小物の制作に使われるという。
 春麗は愛用の裁縫道具を抱えて、エスメラルダとユリティースの居る家へと駆け込む。久しぶりの再会に彼女らは喜び、さっそく裁縫教室が始まった。
 童虎は夕方迎えに来るといって、親友のいる教皇の間へと向かう。
 彼女らは近況報告などをしながら、夕方までお喋りと裁縫を楽しんだ。

 夕方、五老峰では一人で留守番をしていた紫龍が掃除道具を片づける。
 静かな一日なので最初は本などを読んでいたが、段々とその静けさに耐えられず家の掃除をしまくってしまった。
(老師が一緒なのだから、心配することは無い……)
 しかし、それが分かっていても落ち着かない。理由は分かっている。春麗がここに居ないということに不安を感じているのだ。
 ため息をつきそうになったとき、外で春麗の声が聞こえてきた。二人が戻ってきた。紫龍は急いで出迎えたが、彼女の様子に言葉を失った。春麗も彼の様子に表情が戸惑い気味になる。

「紫龍……。おかしい? 私が作ったんだけど」
 彼女はいつもの三つ編みから編み込み系へと髪型を変え、その美しい黒髪には布で作られた桃色の花飾りを挿していたのだ。
「なんじゃ、見とれたか?」
 童虎に言われて紫龍は我に返ったあと、「似合うよ」と答えた。
 その言葉に春麗は嬉しそうに笑ったが、その笑顔にまた紫龍は眩しさを感じたのだった。



萌え話 3 乙女たちの溜息

 何がどうしてこうなったのか。

 魔鈴、シャイナ、ジュネの三名は白羊宮の前で考え込んでしまった。ただいまの彼女たちの服装は、改良に改良を重ねたキトン。一見すると聖域の巫女とも言えないことも無い。ただ、ようやくその服に馴れたところでいきなりアイオロスから最終試験が言い渡されたのである。 (そもそも、最終試験ということ自体が変ではあった。改良は常に行われるべきだったからだ)

 それは「とにかく十二宮を駆け上がり、神殿へ向かう。ただし、幾度か不意打ちがあるのでそれを避けること」
 一応、攻撃を仕掛けるのは白銀聖闘士の誰かにする予定だと、彼女たちは連絡を受けていた。 ところが土壇場になって、黄金聖闘士達がいきなり黄金宮に戻ってきたのである。
 しかも、全員。
「どうにも、奴らに乗せられたような気がする」
 シャイナの言葉に魔鈴は神殿の方を見上げ、ジュネは「緊急時ではないのに全員が揃っているなんんて……」と呟く。

 その頃、獅子宮ではアイオリアが一輪の花を持って宮内をウロウロしていた。
 黄金聖闘士たちには個別に用事が与えられ、攻撃を仕掛ける側は彼女たちの誰でもいいから、その髪か服に花を付けることになっているのだ。 それが攻撃したという印であり、彼女たちにとっては攻撃を避けられなかったという証拠なのである。 ただし、一人の聖闘士が攻撃して良い回数は一回だけ。二度やったら、黄金聖闘士の方に罰が与えられる。

 制限時間ありの最終試験は、こうして始まったのだった。



萌え話 4 白羊宮編

 とにかく制限時間があるので、三人の女性聖闘士は白羊宮の中へと入った。

「待っていましたよ」
 第一の宮の守護者である牡羊座のムウが現れる。
「あなた方は、これを身につけてください」
 そう言って彼女らの前に出されたのは、髪飾りと首飾り、そしてブレスレッドだった。三人分ある。
「……なんで?」
 シャイナは確認も兼ねて尋ねる。
「服装は機能性が最重要事項ですが、聖域の巫女役が質素過ぎると逆に不審がられる時が有ります」
 多少の飾りは必要だ。 という判断に基づいて、彼女たちの装いに装飾品が加わった。仕方なく魔鈴は鮮やかなゴールド。シャイナはややホワイトゴールド系。ジュネは残ったピンクゴールド系のものを手にとる。
「あの……、これは牡羊座さまが作ったのですか?」
 ジュネの問いに彼はアッサリと答えた。
「これを作ったのは我が師シオンです」
 ですから、教皇の間に辿り着くまで壊さない方が良いですよ。そう言われて、三人は一気に憂鬱になった。
  とにかく、少しづつ形の違う宝飾品を身につけ、彼女たちは次の金牛宮へと向かう。

(しかし、何も面白がってあんなのを作るとは……)
 ムウはため息をつく。彼女たちの制限時間は陽が暮れるまで。それまでに教皇の間へ到着できなければ、洒落にならない程のきらびやかな服を3日間着ることになる。
「さて、引き止められますか?」
 彼は面白そうに神殿へと続く十一の宮を見上げたのだった。



萌え話 5 金牛宮編

 日没までに神殿へ向かう。もしもそれが出来なかったときは、グラード財団が出資しているファッションブランドの洋服を3日間着ること。
 一緒に渡された服の資料を見ると、良い趣味とは決して言えない。
「女神から許可を貰っている」
 そう言ったアイオロスの表情はとても穏やかだったが、彼女たちは「悪魔の笑み」だと思った。
  そして今、金牛宮に激震が走る。

 アルデバランと対峙したのはカメレオン座のジュネ。
 青銅聖闘士が黄金聖闘士に勝てるわけが無いのだが、今回の条件は「黄金聖闘士の攻撃を一度だけ避けろ」というもの。
 それでも彼女たちには分が悪いのだが、ジュネの方でもアルデバランと手合わせを望んでいた。もし、アルデバランの攻撃に自分が怯まなければ、双魚宮にいる黄金聖闘士の前でも立てるような気がしたからである。
 勝負は一応、ジュネが攻撃をかわしたということになる。魔鈴とシャイナはその様子を見て 「さすがだな」 「さすがだ」 と呟いた。
 アルデバランの完璧な力量の配分が無ければ、今この瞬間にジュネは大怪我を負っていただろう。拳圧だけでも彼は敵を粉砕できる力があるのだから。 もともと彼女たちを足止めするのは構わないが、怪我をさせてはならない。そういう条件だったので、アルデバランは自分の技は使わなかった。彼はセーブしながら、ジュネが逃れられるかどうかというギリギリの線で攻撃を繰り出したのである。

  アルデバランはアイオロスからの依頼を思い出す。
「いくらなんでもカメレオン座が集中的に狙われると、さすがにイジメだろ。でも、アルデバランなら彼女を少しくらい鍛えてあげられると思うんだ」
 年長者の意見はもっともだと思う反面、なにか話が美味過ぎる気がする。若干2名はジュネを狙わないような気がするが、確かに今回の最終試験(?)はジュネにとって過酷だろう。
(アフロディーテと彼女を対決させるつもりか……)
 しかし、彼はそれ以上疑問を持つことは止めた。 アルデバランは三人に先へ行くよう促す。
  するとジュネが彼に近付いた。
「花は最初から使う気がなかったのですか?」
  本来、黄金聖闘士は彼女たちに花を付ければいいのである。なにも好き好んでセーブしながら攻撃する必要はない。
 この問いにアルデバランは笑って答える。
「単に印というだけで花を貰っても、扱いに困るだろ」
 意中の人からのものならいざ知らず。

 彼は三人を次の宮へ送り出したのだった。



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