INDEX

蘭燭

帰りの飛行機の中で、ジュネは何度も唇に手を当てた。
瞬に抱きしめられ、キスをされた感触が今でも残っているからだ。
任務中色々な事があった筈なのに、思い出すのはあの静かな森の出来事だけ。
辛かったという気持ちも大変だったという思いも、今は自分の中に残っていない。
ただ、とても嬉しくて、そして寂しい。
結局、ほんの少ししか逢って言葉を交わすことが出来なかったのである。 これなら日本へ来た時に、一緒に食事をしていれば良かったと何度も後悔した。
(……だってあの時は、何も知らされていなかったから、どんな事態が発生したのか判らなかったんだし……)
よもや化粧品のイメージガールをさせられるとは思ってもみなかった。
しかも、見知らぬ男たちが仕事だといって自分の身体や髪に触る。
最初は叩きのめそうと拳を握った事もある。
(あたしに触って良いのは瞬だけよ!)
何度、そう言いそうになって自分は片思いなんだと再認識したことか。
ふとジュネは女性スタッフと少しだけ会話をした事を思い出した。
みんな悩んでいたり、悩むのを止めたりしていた。
彼女たちの恋愛論は、聞いていて面白かったような気がする。
(あぁ、そうか。仕事は大変だったけど、みんなが支えてくれたんだっけ)
スタッフたちは何度も入れ換えになったし、シャイナと魔鈴以外は敵も味方もよく判らない状態が続いたけど、自分の知らない世界を体験するのはとても楽しかった。
(命令だったから挨拶もしないで消えたけど、みんな元気でね……)
今回知り合った人たち、またその人たちに関わる多くの人々が住む世界を護る為に自分の力はある。
彼女は瞬が強くなった理由を、自分で体験出来た気がした。
(さて、ダイダロス先生にどんな顔をして会ったらいいのかなぁ)
自分の片思いは周知の事実だが、今度は両思いになったのである。
きっと師匠には直ぐにバレる。
(……)
ジュネは思いっきり悩んでしまった。

夕方、瞬は城戸邸に戻った。
ジュネを空港まで見送ってから戻ったのである。 星矢はやはり聖域へ連れて行かれたらしい。
「お帰りなさい。瞬」
沙織が珍しく居間で彼を待っていた。
「只今、戻りました。沙織さん」
沙織は瞬の顔をじっと見ていた。
「ジュネさんに会わせてくれて、ありがとう」
その言葉に彼女は少しだけその顔を曇らせる。
「……瞬の方こそ、何か言いたい事があるんじゃない?」
「特に無いよ。 やっぱり行動で示さないと絶対に伝わらない事ってあるし、聖域の方も心配で辛かったんじゃないのかなぁ」
瞬は心配症の黄金聖闘士を一人思い出す。
何でも出来るからと言って、何でもやって良いわけではない。
グラード財団はアテナではなく沙織が守りたい場所なのだ。
「でも、いきなりは酷い」
彼の不満に沙織は苦笑した。
「それが聖域から出された必須条件なのよ。突発的でないと意味が無いって。
それに最初はこんな事態になる筈じゃなかったの」
「?」
「まさかジュネの方に、危険なファンがつくなんて思わなかったのよ。
あれよあれよと事態が別な方向に流れちゃって……。
一応、撮影スタッフの中に特殊訓練を受けた人たちを紛れ込ませたのよ」
だからこそ、いつの間にか総入れ換えになったのである。
「特殊って?」
「これ以上は秘密♪
ある国家機関に貸しを作ったとだけ言っておくわね」
だんだん問題が変な方向に行きそうである。
「それからさっき、原因となったモデルの所属する事務所から正式に謝罪文が来たのよ」
沙織は嬉しそうに一枚の紙を見せた。
「やっぱり嫌がらせにジュネに怪我をさせようとして、失敗したのが決め手ね」
「はぁ??」
「あらっ?ジュネから聞いていないの?
彼女、三日に一度は危険な目に遭っていたのよ。
だんだんエスカレートして、最後は警察沙汰になりかかったの」
そんな話は聞いていない。
その時不意にシャイナの言葉を思い出した。
『まぁ、他にも手伝ってくれるのがいたし……。』
(スタッフの事だと思い込んでいたけど、この事だったんだ!)
彼女たちはきっと自己鍛練の延長線上だと思っているに違いない。
瞬は思わず笑ってしまいそうになった。

そしてホテルでの事件の後、日本中から注目されていたモデルは消えて、 いつの間にか企業のイメージガールが交代になっていた。
そんなある日、瞬は沙織から段ボールを一箱渡される。
中に入っていたのは大量の写真。 そこに写っていたのは、色々な表情を見せるジュネ。
「沙織さん……」
「試し撮りの写真とか、撮影風景のスナップ写真よ。
写真集の話が私の知らない所で進んでいたから、怒って取り上げてきたの。
あとで処分する予定よ。 何枚か処分し損ねても気にしないけど……」
好きなのを取れと言われているのである。
「それじゃぁ、僕が責任を持って処分する」
「そう?手間が省けて嬉しいわ」
わざとらしい話の後、二人は顔を見合わせて笑った。

(アルバムを用意しなきゃ……)
これらの写真を整理して、そしてこれからの写真を入れる為のアルバムを……。
(でも、こっちは門外不出)
持っている段ボール箱を見て、鍵付きのアルバムはあるのだろうかと、瞬は大真面目に考えてしまった。

〜 終 〜

後書き

この異常な長さは何なんでしょうか……。
しかも、随分待たせています。
5000番のキリリク作品でした。

りんこさん
リクエストを有り難うございました
m(_ _)m