「あっ……」
ミーメは意識を取り戻すと、勢いよく上体を起こした。
「やっと気がついたか」
近くに座っていた魔矢が話しかける。
「私は気を失っていたのか……」
周辺を見てみると、さっきまでいたのが水の世界ならば、今度は岩と荒野の暗い世界だった。
『封じられていた場所に力を奪われただけだ』
急に聞こえてきた女性の声に、ミーメは驚いて再び周囲を見回す。
「今の声は!」
聞き覚えがあるのだが、誰なのか思い出せない。
そんなミーメの様子に、魔矢は表情を曇らせた。
「オルフェウス。エリス様が見えないのか」
「エリス様?」
名前を呟いたとき、ようやっと魔矢の傍に女性がいるのが分かった。
ただし、その姿は幻のように透けて見える。
『どうやら、オルフェウスの魂に楔を打ち込んだものがいるらしい』
今度はちゃんと意識しても、やはりミーメに女性の姿は声ほどハッキリとしなかった。
「エリス様、どういうことですか?」
『今のオルフェウスには異国の闘士としての宿命の方が重要なのだ。
だからこちらの神である私が見えなくなっているのだろう』
アスガルドの闘士としての自分が存在するのは、あの地に仲間を得たからであろうか。
「エリス様、それではオルフェウスはどうなるのですか!」
慌てる魔矢とは対照的に、女性は動揺してはいない。
『元に戻すのには、楔を記憶から抹殺すれば良いだけだ』
エリスという女性の言葉に、ミーメはドキリとした。
脳裏に浮かんだのは、父との暮らしだった。
(それを消す……)
『オルフェウス、邪魔だと思うのなら楔を取り除いてやろう』
女性の手がミーメの髪に触れようとしたとき、彼は頭を動かした。
「やめろ!」
アスガルドの神闘士としての自分を否定されることは、彼にとって耐えられなかった。
「私はエータ星ベネトナーシュのミーメだ」
素早く彼女らから離れる。
それ以上の交渉は拒絶するつもりだった。
ところがエリスのほうが、ミーメの反応を面白がっていたのである。
『オルフェウスは愉快な生き方を選んだようだ』
「エリス様……」
『まぁいい。オルフェウスがそれを選んだのなら尊重しよう』
彼女の言葉にミーメは拍子抜けしてしまった。
もっと面倒なことになるかと考えていたからだ。
この時、遥か上空に三つの光が見えた。
『戻ってきたようだ』
ミーメも空を見上げた。
「オルフェウス、ジャガー達のことは思い出せるか?」
魔矢の問いかけに、ミーメはしばらく考えながらも頷いた。
「なんとなく思い出せる」
「それはよかった」
ほっとする魔矢の背後に、三つの光は降り立つ。
そのうちの一人は、肩に人を担いでいた。
気を失っているらしいが、どう見ても闘士である。
『さて、セイレーンの海将軍も招待できたし、アテナに会いに行くぞ』
エリスの言葉に、ミーメは何のことなのか全然分からなかった。
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