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君の隣にいるために その16

 夢から覚めたカオルは、驚きのあまりベッドの上で上体を起こした。

「今の、何?」
 それは強烈で鮮やかな夢だった。
 カオルは忘れないように、そのときの印象をスケッチブックに描く。
 早く描きとめないと、消えてしまう。
 そんな思いに駆られて、この日の午前中はアトリエで絵を描くことに没頭していた。

  ──すごい、すごい、すごい!

 カオルは誰かに言いたくて言いたくて、それを我慢して絵に集中している。

──鋼牙が夢に出てきてくれた!

──しかも朝焼けの海を背景にしていて、すごく格好良かった!

──でも途中で違う夢になったから、鋼牙と会話出来なかった……。

 それはそれで非常に残念なのだが、もう一つの夢も何か意味深だったので、忘れないように絵で記しておく。
「でも……鋼牙に会えた」
 カオルは涙を抑えることが出来なかった。

 絵の方が一息つくと、家でのブランチもそこそこにカオルは公園へスケッチをしに出かけた。
 天気はとてもよく、空は澄み渡っている。
 夢の中で会えただけで、今日は良いことがありそうな気がした。
 彼女はショールの下に隠れているネックレスを取り出す。閑岱の職人さんが作ってくれた、黄金騎士のペンダントトップ。
「いつになったら会えるかな」
 大好きなあの人に……。
 再びネックレスをショールの中に隠すと、カオルは公園を散策した。

   公園中央の広場が見渡せる場所。そこには噴水が設置されている。
 カオルは階段に腰掛ける。
 先日まで新しい絵本発売のため、いろいろなところでサイン会をしていた。
 今日は久々の休みである。

 カバンの中には一冊の絵本が入っている。鋼牙の為に作った大切な本。
 いつ鋼牙と再会出来てもいいように持ち歩いている。
 彼女は丁寧にページをめくる。
 ふと、噴水のオブジェに目をやったとき、自分の背後に白い羽が見えた。
「えっ……」
 そして今度は鋼牙の姿。彼女は驚いて立ち上がる。
 しかし、後ろを見渡しても鋼牙の姿はない。
(気のせいか……)
 今朝の夢が鮮やかすぎたのだろうか?
 なんだか寂しい気持ちで再び公園を歩く。 


 カオルがため息をついたとき、金色の小さな光が空中に現れた。
(もしかして……)
 これは夢の続きなのだろうか?

 振り返ると階段下の公園中央の噴水が、水ではなく金色の光を空に向けて吹き出していた。
 そしてそれは空中や石畳に散らばり、周辺の風景がぼやける。まるで夢幻という言葉がぴったりだと彼女は思った。
 何事かと思っていると、真ん中に人が現れる。
「!」
 約束の地へ旅立つとき、空へ舞い上がった鋼牙。
 その彼がまるで何事もなかったかのように、空中から現れて着地したのだ。
 光は少しづつ大地に広がり、まるで水面のような状態になる。
 その中に立つ彼を見て、カオルは一枚の絵だと思った。
(もしかして、本当に今朝の夢の続き?)
 でも、夢ではないと誰かが……、何かがカオルに告げている。
 鋼牙と視線が合う。
(おかえりなさい!)
 心はそう言っているのに、うまく言葉が出ない。
 ただ嬉しくて、嬉しくて。

 急いで階段を駆けおりるが、慌てすぎて躓いてしまう。
 それを素早く鋼牙が抱きとめる。
「カオル」
 鋼牙の自分を呼ぶ声聞いたとき、彼女は待ち焦がれた想い人に抱きついた。 


『ようやっと戻れたようだぜ、相棒』
「そうだな」
 自分の為に泣いているカオルを抱きしめながら、鋼牙もまた旅がいったん終わったのだと知った。
 光はだんだんと空気にとけ込み、周辺の風景は公園の状態に戻る。
 カオルはまだ泣きやまない。
『おいおい、カオル。あんまり泣くと目が溶けちまうぞ』
 ザルバの軽口にも、カオルは鋼牙から離れない。
「だって……だって……」
 鋼牙はというとカオルが落ち着くまでじっとしていたが、一つだけ彼女に尋ねたいことがあった。
「……カオル、これはお前のか?」
 鋼牙の左手にはチェーンの切れたペンダントがあった。
 ペンダントトップは絵本の主人公である黄金騎士。
 彼女は意外なものの登場に驚く。急いで涙を拭いて、もう一度見た。
「えっ、えっ!」
 カオルは首に巻いていたショールをゆるめて、自分の胸元を見る。ついでに服を前に少しのばして胸の谷間も見た。
 先ほどまで付けていたはずのペンダントがない。
 鋼牙としては、その仕草に鼓動が早くなる。
「ない! それ、私の!! いつ落としたのかな。鋼牙、ありがとう! この子が鋼牙を連れてきてくれた〜」
 興奮状態のカオルはペンダントトップに頬ずりをして、軽くキスをする。
「……カオル」
 最愛の人が物にキスをすることに嫉妬するのは欲深いことかもしれないが、鋼牙としては面白くはない。
「えっ?」
 彼はカオルの頬に手を添えると、自分だけの運命の女神と長いキスをした。


『おいおい』
 長い口づけのあと、散々無視されていたザルバが二人に話しかける。
『感動の再会に水を差すようだが、俺様は徹夜明けなんだよ。どこかで休ませてくれ』
 その言葉に真っ赤になっていたカオルが素早く反応する。
「徹夜! どうして……そうじゃなくて、ザルバが徹夜ってことは鋼牙もでしょ。体を休めなきゃダメだよ」
 しかし鋼牙はそこまで疲れていないと言う。
「なに言っているのよ。私のアトリエで少し休んで! その間にゴンザさんに連絡するから」
「……」
「そうだ、鋼牙が寝ている間に、何か美味しいものをつくるね」
 その言葉に彼はある決意を固めた。
「仮眠はタクシーの中でとる。カオルも来い」
 このまま彼女の言うとおりにしたら、今度はこっちの身が持たない。
 歴戦の勇士ともいうべき黄金騎士は最愛にして最高の女性の手を取ると、そのまま大通りに向かって歩く。
 タクシーを拾ってカオルと一緒に北の管轄に戻るためだ。
「あの冴島のお家、まだ建設途中だよ」
「わかっている」
「何でわかっているの! あれから3ヶ月経っていることも知っているの?」
「……」
『三日じゃなくて残念だったな、鋼牙』
 ザルバの言葉に、カオルは鋼牙が急いで帰ってきてくれたのだと理解した。
 嬉しくなって鋼牙の右腕にしがみつく。
「歩きにくい」
 彼は一応文句を言ったが、そのままカオルの好きなようにさせた。


   少しだけ昔、カオルがイタリアへ行くことになり、鋼牙が北の管轄へ向かうという日、一冊の絵本が彼に渡された。
 今度は二人で北の管轄へ向かう。やはり一冊の絵本が二人の間にあった。

 タクシーの後部座席で、カオルが隣にいる鋼牙に絵本を渡せたかは、また別のお話。

   〜終〜