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五ツ色の絵物語 後日談4 その2

「だから私、鋼牙に言ったのよ。どうしてお土産として連れてきてくれなかったのって」
 鋼牙の帰りを待つ間、居間でカオルは『動かずの号竜』について初めて夫から聞かされたときのことをレオに話した。
 本当ならばレオもそのまま納品したかったのだが、さすがに普通の号竜よりは大きい。
 ということで、運搬に頭を悩ませるよりも一度分解して冴島邸で組み立てた方が良いと言う判断が下されたのである。
 『動かずの号竜』については、何度も分解と組立を繰り返したので、彼は慣れていた。そして荷物は既に全て運ばれており、あとは冴島家当主である鋼牙の前で完成させればいいのだ。
 これは鋼牙に『動かずの号竜』の弱点を教えるという意味がある。万が一にもカオルたちに害を成すものであったとき、一撃で事が済むように。

「う〜、んま」
 いつの間にかソファーに座っているレオの足に、雷牙が掴まっていた。最近、片言でも喋るようになっていて、ゴンザなどは「じ〜じ」と言われたとき大泣きしたらしい。
「雷牙くん、お父さんが戻ってきてから組み立てますよ」
 レオの言葉に雷牙がにこにこと笑う。
「レオくん、雷牙もね、すごく楽しみにしているのよ。荷物が置かれたときから、外へ出ると一緒に見に行くの」
 レオは雷牙を抱き上げる。
(ここなら大事にしてもらえるかもしれない)
 そう思うと心が温かくなった。

 ある意味『動かずの号竜』は、工房にて新しい号竜開発の助手のような存在だった。
 だが、悪意の存在がなくても、それにかかりっきりになれないのも事実。工房内で埃を被るよりも、この家の人に可愛がられた方がよっぽどいい。
(願わくば、あれが良き存在でありますように……)
 レオはそう祈った。

 しばらくして鋼牙が仕事先から戻ってくる。
 いよいよ外で組立が始まった。


 よく晴れた青空の下、レオが荷を開けて魔導筆を使いながら、てきぱきと部品を組み立てる。
 黒く塗られたものとそうでないもの。どういう意味を持つのか、カオルはレオに尋ねる。
 しかしレオも「いつの間にかそうなっていたんです」と、答えるしかない。
 ある日突然、一部の部品は真っ黒になっていたのだ。
「不思議なことがあるのね」
「はい、本当に不思議です」
 そして『動かずの号竜』は、だんだんとその姿を現す。
 最後にレオが完成という意味を込めて、部品の突発的崩壊を避ける術をかけた。これは半永久というものではない。物の劣化というのはどうしても避けることができないのだから。ただ、駆動の原動力であるホラーが外に出て悪さをしないようにする為のものだった。

 出来上がったものを見て、カオルは感動する。
「綺麗な馬だわ」
 黒っぽい体の小柄な馬。それが『動かずの号竜』の姿だった。 


「レオくん、触っていい?」
「はい、大丈夫ですよ」
 許可が下りたので、カオルは雷牙を抱っこしたまま馬に近づく。手で触れるとなんだか懐かしい感触だった。
 このとき雷牙が声を出してはしゃぐ。
「らいごー、らいごー」
「そうね、この子の名は雷剛にしましょう。雷牙の剛健な仲間」
 雷牙が雷剛の顔をペチペチと叩く。
 すると名を貰った『動かずの号竜』雷剛の体から光が零れた。
「鋼牙さん、号竜が起動します!」
 レオの声に鋼牙はカオルと雷牙を引き離し、自分の背に隠す。
『見事に当たりを引いたみたいだな。カオル』
 ザルバがおもしろそうに笑う。
 雷剛からはいくつもの光の術式が現れては消え、そしてその目に光が宿った。馬はゆっくりと歩くと、鋼牙たちの前で立ち止まり頭を下げる。そして今度は頭を上げると体を横にした。
 まるで自分の背に乗れといわんばかりである。
「……雷牙はまだ小さい。俺が乗る」
『おいおい、鋼牙』
 ザルバは呆れていたが、馬には乗ってみるのが一番である。飾り用に用意した本物の乗馬用の道具を、鋼牙は素早く号竜に装着する。
 これらの道具は、動かなくても雷牙が乗りたがるかと思って準備されたものだった。


 雷剛は本物の馬に比べて小柄なので、長身の鋼牙が乗るとなんとなく視覚的なバランスが悪い。
 だが、一周すると言って乗りこなす姿は、カオルから見て惚れ惚れするほどかっこいい。
 しかも雷剛も駆けるスピードが早い。
「ねぇ、レオくん」
「なんですか?」
「鋼牙、私に乗馬を教えてくれるかなぁ」
 羨ましそうに言うカオルの気持ちは分からないことはない。

 ただ、それは無理な気がした。