○ 唱歌 編
カオルはこの日、朝からソワソワしていた。時計を何度も見て、時間を確認する。
それはある種のときめきに満ちていていた。
幼い一人息子の雷牙も母親の雰囲気を敏感に察したのか、落ち着かないでいる。
そして待ちに待った呼び鈴が鳴る。
カオルは急いで雷牙を抱っこすると、玄関へ向かった。玄関ホールではゴンザが客の応対をしている。
「レオくん!」
カオルは嬉しそうに笑った。雷牙もレオの訪問を喜ぶ。
しかし、その二つの笑顔をみたレオの方は、背後に殺気を感じた。
夫である鋼牙は、今は急な指令が下って出かけているはずなのに……。
「レオくん、本当にいいの? あとで返してほしいなんて言わないでね。でも、嬉しいなぁ。なんだかスゴいものだって聞いたよ。最高傑作なんでしょ。鋼牙がそう言っていたよ。私も雷牙も楽しみにしていたんだ」
カオルのマシンガン的な喜びの声に、レオは身の危険を感じながらも「喜んでくれて嬉しいです」と答えた。
この日、冴島家に新しい家族が増える。とはいっても、一人息子の雷牙に弟妹が出来るのとは少し違う。
実はレオの所有する号竜の一つを、鋼牙が譲り受けたのである。
号竜はもともと魔戒法師たちをサポートするためにレオが開発し制作しているのだが、今回、冴島家に納品される号竜はかなり特殊タイプだった。
動かずの号竜。
制作者であるレオがいろいろと手を打ったのだが、一度たりとも起動しないのだ。
理由はただ一つ、起動するためには『号竜の名前』を当てないとならない。
ただ、それは口の利けない号竜だけが知っているもので、阿門法師の再来と称され当代随一の魔戒法師と言われるレオにも、どうすることも出来なかった。
|