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五ツ色の絵物語 後日談4 その1

○ 唱歌 編

 カオルはこの日、朝からソワソワしていた。時計を何度も見て、時間を確認する。
 それはある種のときめきに満ちていていた。
 幼い一人息子の雷牙も母親の雰囲気を敏感に察したのか、落ち着かないでいる。
 そして待ちに待った呼び鈴が鳴る。
 カオルは急いで雷牙を抱っこすると、玄関へ向かった。玄関ホールではゴンザが客の応対をしている。
「レオくん!」
 カオルは嬉しそうに笑った。雷牙もレオの訪問を喜ぶ。
 しかし、その二つの笑顔をみたレオの方は、背後に殺気を感じた。
 夫である鋼牙は、今は急な指令が下って出かけているはずなのに……。

「レオくん、本当にいいの? あとで返してほしいなんて言わないでね。でも、嬉しいなぁ。なんだかスゴいものだって聞いたよ。最高傑作なんでしょ。鋼牙がそう言っていたよ。私も雷牙も楽しみにしていたんだ」
 カオルのマシンガン的な喜びの声に、レオは身の危険を感じながらも「喜んでくれて嬉しいです」と答えた。

 この日、冴島家に新しい家族が増える。とはいっても、一人息子の雷牙に弟妹が出来るのとは少し違う。
 実はレオの所有する号竜の一つを、鋼牙が譲り受けたのである。
 号竜はもともと魔戒法師たちをサポートするためにレオが開発し制作しているのだが、今回、冴島家に納品される号竜はかなり特殊タイプだった。

 動かずの号竜。

 制作者であるレオがいろいろと手を打ったのだが、一度たりとも起動しないのだ。
 理由はただ一つ、起動するためには『号竜の名前』を当てないとならない。
 ただ、それは口の利けない号竜だけが知っているもので、阿門法師の再来と称され当代随一の魔戒法師と言われるレオにも、どうすることも出来なかった。 


 鋼牙がその号竜のことを知ったのは、零からの情報だった。

──レオのところに頑固な号竜がいるらしいぞ。

 なんの話かと思ったが、以前からレオはその号竜を起動させようと、次々と新しい魔導具を開発しているのだという。
 今、魔戒法師たちが使っている号竜も、そのときに開発された技術が応用されていて、初期の頃のものに比べると自己制御と法師たちへの従属機能が安定しているとのこと。法師によってはクセがなさすぎて、初期型の方が良いという意見もないことはないが。
 それでもレオの作る号竜は高い信頼性があった。
 しかし、肝心の『動かずの号竜』はウンともスンとも言わない。レオとしてはこのまま工房に置いておくつもりだったが、やはり異端なものを毛嫌いする存在というのもいる。
 『動かずの号竜』の中には、手のつけられないホラーが潜んでいるのではないか、という噂が魔戒法師たちの間でまことしやかに飛び交ったのである。
 そしてレオもそれについて、だんだんと否定しきれなくなったのだ。
「もしかして、僕の考えは最初から間違えていたのでしょうか」
 レオは思わず鋼牙にそう言ってしまう。深く考えすぎて気弱になってしまったのかもしれない。
 そこで鋼牙は実物を見ることにしたのだ。
 閃光騎士狼怒でもあるレオを騙すほどの能力を持った悪質な存在。それが本当に中にいるのか、直接確認してみたかったのである。


 しかし、工房にて初めてみた号竜はとても静かだった。中に邪悪なものがいるという気配は感じられない。
 そして綺麗だった。
 レオが起動させるためにいろいろと改造しすぎて、従来の号竜とは違う姿ではあったが。
「この号竜を貰うことは出来るか」
 鋼牙の言葉にレオは驚く。
『物好きだなぁ』
 鋼牙の魔導輪ザルバも呆れていた。何しろ設計通りなら高性能だと言えるが、どんな性格が現れるかは未知数なのだ。
「危険かもしれないのですよ」
 すると鋼牙は逆にレオに尋ねる。
「レオはそう思っているのか?」
 彼は問題の号竜をみた後、首を横に振った。
「……思っていません。むしろこれは自分に名前を与えてくれた存在を忘れていないのでしょう。僕はそれが羨ましい」
 そんな運命的な出会いを経験し、忘れずにいられる強さを持っていることが。
 しかし、今のレオでは『動かずの号竜』を悪意から守りきれる自信がなかった。彼は魔戒法師たちをサポートする号竜を作っているのだ。
 魔戒法師たちがレオの能力に疑いを持ち始めたら、号竜たちとの関係も崩壊してしまう。それは絶対に避けなくてはならない。


「でもカオルさん、嫌がりませんか?」
 正体不明の存在を冴島夫人がどう思うか。
「カオルが嫌がると思うか?」
 その答えは分かりきっていた。
「……思いません」
『大喜びで次の仕事の題材に使うぞ』
 むしろ鋼牙がこの話を彼女にしたら、どうしてお土産として持ってこなかったのかと言われるに違いない。
 カオルの反応がレオには簡単に想像がついた。