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五ツ色の絵物語 後日談3 その1

○ 子守歌 編

 レオは元老院の廊下で、鋼牙から指定した日に北の屋敷に来てくれと言われる。
 このとき彼は、かなりイヤな予感がした。
 これまでも冴島夫妻に跡取り息子が生まれてから、何度か屋敷に伺ったことがある。
 だが、どうしても雷牙のふにゃふにゃ加減が怖くて長く抱っこなどが出来ない。
「そんなことじゃ、良いパパに慣れないぞ」
 と、カオルはからかうのだが、このときのレオは「雷牙くんのパパは、今まさに僕を睨みつけている貴女の旦那さんです」と心の中で叫んでいた。
 ただでさえ、布道家はカオルを諦めていないという根も葉もない噂がたまに聞こえてくる。同時に涼邑零が冴島鋼牙の奥方と仲がいいという話も聞くので、この差はなんだろうかと考えないこともない。これについて魔導輪エルバは、『人気者になったねぇ』という見当違いの感想を言ってくれた。
 ハッキリ言って、未だにレオはエルバに勝てない。ということで、ある意味レオにとって冴島家は鬼門に近いものになりつつあった。
 しかし、ここ最近、彼は仕事と新しい魔導具の開発に忙殺されて、冴島邸への訪問はご無沙汰にしている。
 さすがに面と向かっての招待を断る勇気はない。
「わかりました。必ず伺います」
「では、待っている」
 この会話の後、鋼牙はあることを彼に告げた。その日は奥方と執事は不在だというのだ。
 レオの前にいるのは、数々の凶悪なホラーを倒し、そして2年くらい前には大魔導輪ガジャリとの契約により『約束の地』へ旅立って後に帰還したという“伝説の魔戒騎士”。
(生きて帰れるのだろうか……)
 立ち去る黄金騎士の背を見送りつつ、彼は失礼極まりないことを考えてしまった。


 とにかく、何事かと思いつつ玄関から居間に向かう。
 すると居間では生後六ヶ月の一人息子・雷牙を抱っこしている鋼牙がいた。赤ん坊はあうあうといいながら玩具に触っている。
 このときレオは、何か見てはならないものを見てしまったような気がした。
「よく来たな、レオ。手が離せなくて出迎えもせず、すまない」
『雷牙、でかくなったろう』
 ザルバもご機嫌らしい。
 レオは「気にしないでください」と言って挨拶をすると、勧められるまま一人掛けのソファーに座った。
「鋼牙さん、どうしたんですか? カオルさんに何かあったのですか?」
 カオルだけではない、いつも自分を出迎えてくれるゴンザもいないというのは、何かあったのだろうかと不安になる。
「二人とも街の方だ。カオルが仕事で展示会をやっている」
『朝から大騒ぎさ』
 その言葉に、どれほどの騒ぎがあったのか、レオは何となく想像がついた。
 実は久しぶりの絵本原画の展示会ということで、作者であるカオルはどうしても一晩は家から離れなくてはならない。
 最初は雷牙も連れていく予定だったが、鋼牙からたまには羽を伸ばしてこいと言われた。場所が変わって雷牙が体調を崩しては、向こうの人たちの迷惑になる。そう言われると、カオルも頷くしかない。
 そしてゴンザもまた「雷牙さまから離れません!」と強硬な姿勢を見せたのだが、鋼牙がカオルに付き添わせたのである。
 説得内容が「雷牙と二人っきり、男同士で話がしたい」という、理由になっているのかわからないもの。
 レオはなんだか頭がクラクラしてきた。
 一番突発的な仕事の入る人が赤ん坊と一緒に留守番というのはあり得ない話なのだから。
「あの、僕はベビーシッターなんて出来ませんよ」
「大丈夫だ。レオは雷牙を守ってくれればいい」
『そうそう、期待しているぜ!』
 ザルバの軽快な口調。
(何から?)
 主語のない説明に、レオは背筋に冷たいものを感じた。
「鋼牙さん、何から雷牙くんを守るのですか?」
 すると鋼牙はごく普通にった。
「次期黄金騎士を狙うホラーが、この近くに何故か集結しつつある。その中に大物が三体ほどいる」
 ザルバからその名を教わったとき、レオは驚きのあまり思考が停止しそうになる。
 どれも過去に魔戒法師や魔戒騎士に犠牲者が出ている。
「大物すぎます!」
「だから今夜、決着をつける」
 そしてこういう理由があったので、元老院から今夜は指令はこないとザルバが説明する。
 しかし、問題はそちらではない。
「一人で三体もなんて無茶です。応援を呼ぶべきです」
 今回は赤ん坊の雷牙がいるのだ。確実に守り通さなければならない者がいるときに、自分が閃光騎士狼怒になれないのは承知できない。
 自分にも何かが出来るのに、鋼牙の孤独な戦いを見続けなければならないというのは、彼にとってキツイ話であった。
 このとき、冴島邸に来客あり。銀牙騎士・絶狼こと涼邑零だった。

 「よう、鋼牙。カオルちゃんを賭けたバルチャスをレオとやるんじゃないかって東の神官に言われたから様子見に来たぞ」
 明らかに間違いな理由に、「何なんですか!」とレオはツッコミを入れたが、実際の理由と寿命の縮み具合は似ているかもしれない。
「零さん、鋼牙さんを説得してください!」
 そう言って鋼牙のやろうとすることを説明すると、零は笑った。
「レオ、カオルちゃんと雷牙がらみで鋼牙を説得するのは諦めろ。そのかわりに俺が加勢する」
 零が鋼牙から雷牙を受け取る。
 雷牙はキャッキャと笑った。


──応援など呼んで奴らのうち一体にでも逃げられてしまえば、カオルと雷牙への危険が長期化する。

 一網打尽がいちばん二人への負担が少ないと言われ、ようやくレオも納得した。
 しかし、えらい信頼もあったものだと彼は思う。今夜は戦闘が終わるまで、雷牙を結界の中で守るのだ。
 彼はあらゆる状態を考慮して、準備を進める。このとき雷牙が大きな声で泣いているのが聞こえてきた。不覚にもレオはドキリとしてしまう。
(そうだった……)
 自分が雷牙の泣く声に動揺したらダメなのだ。
 では、どうしたらよいのか。赤ん坊相手に界符などは使いたくはない。効果が強すぎる危険が考えられるからだ。

 そのことを言いに居間へ戻ると、そこにはエプロンをして雷牙にミルクを飲ませている鋼牙がいた。あまりのほのぼのさに、レオは脱力をしてしまう。
「鋼牙さん……、手慣れていますね」
 彼は思わず、黄金騎士の見事な父親ぶりを誉めた。
「……」
『手際よくやらないと、カオルが離乳食とやらを作り出すんだよ』
 ある意味、ホラーよりも恐ろしいカオルの手料理。こっちの心配があるからこそ、カオルと赤ん坊である雷牙が自分から引き離されるという事態を、鋼牙は何が何でも避けなければならなかった。
『この旦那はあらゆる事態から妻子を守るために、決意したというわけだ』
「うるさいぞ、ザルバ」
 ミルクの飲み終わった雷牙を、これまた慣れた様子でゲップをさせる。このとき、零が部屋に入ってきた。
「このあと雷牙を風呂に入れるんだろ」
 手際がいいのは赤ん坊の父親だけではなかったらしい。

 風呂に入れてもらい、その後おむつも交換してもらって体の温まった雷牙は、おくるみの中でスヤスヤと眠っている。
「これで朝まで起きない」
 鋼牙に渡されて、レオは眠っている雷牙の顔を見る。
『赤ん坊って久しぶりにみるねぇ』
 レオの魔導輪エルバが楽しそうに言う。
(朝までって本当かな……?)
 これから大騒ぎが起きるのだ。うるさくないわけがない。
 そんな心配をしていると、ザルバがレオに声をかける。
『大丈夫だろ。鋼牙も半月前から雷牙に今夜のことは説明している』
 その慰めに近い発言に、レオは曖昧に笑った。


 そしてその夜、冴島家の管理する森は、あり得ないほど異様な気配に満ちていた。