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五ツ色の絵物語 後日談2 その2

 しばらくしてカオルのアトリエにたどり着いた三人は、周囲に気を配る。
「ありました」
 レオは建物の壁にひっそりと貼られていた界符を剥がす。
「悪夢を見せるタイプです」
 見事にロクでもない使い方をしている者がいる。
「カオルに謝らないとならないねぇ」
 直接危害を加えないかわりに、少しずつ気力を削らされていたらしい。
「邪美姉、こいつから犯人が分かるんじゃないか」
「まぁ、推測はつくけど、これだけじゃ確証までは至らないね」
 とにかくまずはカオルに会って、必要なら結界を張ることになる。
 呼び鈴を押すと、インターフォンからカオルの声が聞こえてきた。
「僕です。レオです」
「烈花だ」
「私だよ。閑岱から遊びに来た」
 三人の挨拶に中で何かが騒がしくなった。
 どう考えてもいきなり掃除をしているように思える。
 そしてやや待たされた後、息を切らせカオルが玄関を開けた。
「レオくん、烈花さん、邪美さん!」
 自分にとって恩人とも言うべき優しい人々の来訪に、カオルはポロポロと涙をこぼす。
「ちょっと話があるから中に入っていいかい?」
 邪美の言葉にカオルは何度も頷いた。

「みんなが来るのがわかっていたら、何か料理を作っていたのに〜」
 カオルの言葉に三人はギクリとする。
「大丈夫です! お酒とおつまみは持参しました!!」
 レオが如才なく冴島家の老執事であるゴンザから調達した酒とつまみ各種を袋から出す。
「ゴンザさん、今度のお帰りはいつですかって言っていましたよ」
「そう、うれしいなぁ」
 彼にとってカオルはもう冴島家の奥様なのだが、カオルが仕事を持っている。そのため新しい冴島邸が完成するまで、ゴンザが一人でホテル住まいをしながら冴島家の土地を守っているという状態だった。
「でも、みんなが来てくれて本当にうれしい。そういえば昼間、零くんに会ったよ」
 その言葉に三人の魔戒法師は一斉に頭を下げる。
「ど、どうしたの!」
「すみません、カオルさん。今回は完全にこちらの落ち度です」
「すまない! カオル!!」
「今回の騒ぎはきっちりカタをつける」
 何がなんだかわからないカオルはただただ面食らっていた。

 そして魔戒法師たちの長い説明に、カオルは首を傾げたり詳しい説明をしてもらいながら自分の置かれている状態を理解する。
 同時にレオがいくつかの道具を使いながら、アトリエ付近の様子を調べる。
 そして何か気になることがあったのか、「僕はちょっと周囲の様子を見てきます」といって外へ出ていった。
「それじゃ、今回の騒ぎは魔戒法師の誰かが私を別の人と結婚させようとしていたの?」
「まぁ、そうなるだろうな」
 どちらかというと略奪婚に近いものを感じないわけではないのだが……。
「それは困る。鋼牙に誤解されたら嫌われる!」
 カオルは本気で困っているが、烈花と邪美は違うことを考えていた。
(血の雨が降る!)
(アレがホラー化したら面倒だねぇ……)
 実際、鋼牙はカオルを救おうと(複合的な事情はあったが)心滅獣身化したほどだ。しかし本人は、その想いを長い間封じて彼女を守り続けた。そしてようやっと二人の想いは結ばれたのである。
 それをわけのわからない界符で操られた男がかっさらったと知れば、鋼牙の理性のタガは簡単に外れるだろう。
 もし敵対者がそっち狙いなら、鋼牙は牙狼の称号を持つにふさわしくないという大義名分のもとに抹殺されることになる。
 簡単に殺される男ではないが。

 カオルはしばらく考えた後、二人に尋ねた。
「この場合、私はどう行動したらいいのかな?」
「そうだねぇ、明日、特別なお守りを渡すよ」
「お守り?」
「事態が少し緊張しているから、無理矢理変えようとすると反動が大きい。あと、明日は烈花と一緒にいること。烈花はカオルの周辺の人間を見て、情報収集だ」
 邪美の言葉に烈花は一瞬戸惑ったが、事態は一刻の猶予も許されてはいない。素直に頷いた。


 そのころレオはアトリエの周辺をぐるぐると歩いていた。
(やっぱりいたか……)
 カオルのアトリエから男が出入りすれば、邪悪な界符の影響で積極的という名の攻撃性に目覚めた人間はレオの前に現れるはず。
 その予測は見事に当たって、既に二人ほど気絶させてその記憶を消しておいた。
 しかし、三人目は関係者なのか無関係なのか、ホラーに取り付かれていた。
(なんてことだ! 意図的に作られた悪意に飲み込まれたのか)
 レオは魔導筆を構えた。 


 翌日の早朝、邪美はお守りを用意するといって閑岱に戻る。烈花はこの日、一応着替えてカオルの友人として側にいた。
 そして分かったのは、男たちを支配している界符の系統が複数であるということだった。
 夕方になって烈花によって剥がされたものを見て、零とレオは頭を抱える。
「何だよこれ」
「どうも動いているのが複数みたいですね」
 ただ、その中心にカオルがいるという。
 カオルはというと、今日一日の出来事にビックリしてばかりいた。
「界符って、なんだかスゴい威力だよね。烈花さんが剥がしたとたん、女運が下落する人って初めて見た」
 目の前で修羅場がカオルに関係なく繰り広げられたときは、カオルの方が「もしかしてお札がこの男性を守っていたの?」と、烈花に言ったくらいである。
「人の業はどうしようにもない。遅かれ早かれ、女の報復を食らう男だったんだ」
 烈花はきっぱりと言い捨てる。
「う、うん……」
 このとき四人は情報交換をかねて、零のお気に入りのカフェでお茶をしていた。この店は零いわく、タルト系が絶品だとか。
 久しぶりの穏やかな雰囲気に、カオルはなんだか楽しくなっていた。

 そこへ邪美が現れる。
「お守り、出来たよ」
 彼女はカオルの前にペンダントを出す。
 ペンダントトップにはカオルの描いた絵本の主人公である黄金騎士がいた。鈍い金色の光が落ち着いた印象を与えていて、とても可愛い。カオルはそれを両手で受け取る。
 不意に涙が零れた。
「ありがとう……ございます」
 最初に父親の描いたキャラクターではあるが、何故かそれ以上に懐かしくて、そして愛おしい。
「もしこのペンダントに興味を持つ人間がいたら、シグトの店を紹介するんだ。あとはシグトが対応する」
「えっ……?」
「閑岱にいる細工に長けた者たちがお詫びに協力してくれる」
 なんと、カオルが頼めば特別に細工ものを作ってくれるというのだ。それを人間関係の修復に利用していいというのである。
「それじゃ、こっちの事情はカオルちゃんは関わらない方がいい。カオルちゃんは鋼牙の帰りだけをひたすら待っていてくれ」
 零の言葉にカオルは頷く。
「私、待てます。(一人も二人も一緒です)」
 あとの呟くような言葉に、ほかのメンバーが「えっ?」という顔をする。

(一人も二人も一緒?)
(カオルちゃん、誰か他にいるのか?)
(あいつのホラー化決定か?)
(カオルさん、何かあったのですか!)

 しかし、カオルは自分の発言を覚えていないらしく、「どうしたの?」と首を傾げたのだった。


 後日、シグトが店長をしている『あかどう』に、カオルが作家仲間を二人連れてきた。
 一人の人は何度もカオルに謝っており、もう一人は興味津々で店内を見ている。
 シグトは緊張しながらも三人に近づいたのだった。