しばらくしてカオルのアトリエにたどり着いた三人は、周囲に気を配る。
「ありました」
レオは建物の壁にひっそりと貼られていた界符を剥がす。
「悪夢を見せるタイプです」
見事にロクでもない使い方をしている者がいる。
「カオルに謝らないとならないねぇ」
直接危害を加えないかわりに、少しずつ気力を削らされていたらしい。
「邪美姉、こいつから犯人が分かるんじゃないか」
「まぁ、推測はつくけど、これだけじゃ確証までは至らないね」
とにかくまずはカオルに会って、必要なら結界を張ることになる。
呼び鈴を押すと、インターフォンからカオルの声が聞こえてきた。
「僕です。レオです」
「烈花だ」
「私だよ。閑岱から遊びに来た」
三人の挨拶に中で何かが騒がしくなった。
どう考えてもいきなり掃除をしているように思える。
そしてやや待たされた後、息を切らせカオルが玄関を開けた。
「レオくん、烈花さん、邪美さん!」
自分にとって恩人とも言うべき優しい人々の来訪に、カオルはポロポロと涙をこぼす。
「ちょっと話があるから中に入っていいかい?」
邪美の言葉にカオルは何度も頷いた。
「みんなが来るのがわかっていたら、何か料理を作っていたのに〜」
カオルの言葉に三人はギクリとする。
「大丈夫です! お酒とおつまみは持参しました!!」
レオが如才なく冴島家の老執事であるゴンザから調達した酒とつまみ各種を袋から出す。
「ゴンザさん、今度のお帰りはいつですかって言っていましたよ」
「そう、うれしいなぁ」
彼にとってカオルはもう冴島家の奥様なのだが、カオルが仕事を持っている。そのため新しい冴島邸が完成するまで、ゴンザが一人でホテル住まいをしながら冴島家の土地を守っているという状態だった。
「でも、みんなが来てくれて本当にうれしい。そういえば昼間、零くんに会ったよ」
その言葉に三人の魔戒法師は一斉に頭を下げる。
「ど、どうしたの!」
「すみません、カオルさん。今回は完全にこちらの落ち度です」
「すまない! カオル!!」
「今回の騒ぎはきっちりカタをつける」
何がなんだかわからないカオルはただただ面食らっていた。
そして魔戒法師たちの長い説明に、カオルは首を傾げたり詳しい説明をしてもらいながら自分の置かれている状態を理解する。
同時にレオがいくつかの道具を使いながら、アトリエ付近の様子を調べる。
そして何か気になることがあったのか、「僕はちょっと周囲の様子を見てきます」といって外へ出ていった。
「それじゃ、今回の騒ぎは魔戒法師の誰かが私を別の人と結婚させようとしていたの?」
「まぁ、そうなるだろうな」
どちらかというと略奪婚に近いものを感じないわけではないのだが……。
「それは困る。鋼牙に誤解されたら嫌われる!」
カオルは本気で困っているが、烈花と邪美は違うことを考えていた。
(血の雨が降る!)
(アレがホラー化したら面倒だねぇ……)
実際、鋼牙はカオルを救おうと(複合的な事情はあったが)心滅獣身化したほどだ。しかし本人は、その想いを長い間封じて彼女を守り続けた。そしてようやっと二人の想いは結ばれたのである。
それをわけのわからない界符で操られた男がかっさらったと知れば、鋼牙の理性のタガは簡単に外れるだろう。
もし敵対者がそっち狙いなら、鋼牙は牙狼の称号を持つにふさわしくないという大義名分のもとに抹殺されることになる。
簡単に殺される男ではないが。
カオルはしばらく考えた後、二人に尋ねた。
「この場合、私はどう行動したらいいのかな?」
「そうだねぇ、明日、特別なお守りを渡すよ」
「お守り?」
「事態が少し緊張しているから、無理矢理変えようとすると反動が大きい。あと、明日は烈花と一緒にいること。烈花はカオルの周辺の人間を見て、情報収集だ」
邪美の言葉に烈花は一瞬戸惑ったが、事態は一刻の猶予も許されてはいない。素直に頷いた。
|