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五ツ色の絵物語 後日談2 その1

○ ☆ーロラの下で 編

 最近、何だか男難の相が出ているのではないかとカオルは思った。  やたらと仕事仲間などの男性たちにモテているのだが、あまりにも急激すぎて何かドッキリ系の騙しが入っているんじゃないかと不安になってくるのだ。
 それと同時に女性陣のやっかみが厳しい。
 こんなにも自分が注目されるというのは、仕事柄嬉しい部分もあるが、プライベートなところでは鬱陶しいことこのうえない。
 これが万が一にもイヤな展開になったら、自分も危険だが魔戒騎士である鋼牙に迷惑がかかる。
 最愛の人は今は『約束の地』に旅立ってしまったので、素人の人間にどうこうできるわけがないのだが……。
 それでも冴島邸を守っている心配性の執事さんを慌てさせたくはない。

 町のケーキ屋のオープンテラスでカオルがため息をついていると、男が声をかけてきた。
 最初は無視していたが、だんだんとその声の主を思い出した
「零くん!」
「ひどいなぁ、カオルちゃん」
 そこにいたのは東の管轄を守る魔戒騎士・涼邑零だった。
「ご、ごめんなさい」
「何か、心配ごと?」
 そういって零はカオルの前の席に座る。
 すぐさま店員がオーダーを取りに来たので、彼はこの店で一番人気の果物のケーキを注文した。
「さすがだね、零くんは」
「誉めてくれてありがとう。ところで何か心配ごと?」
 男の人にこういう話をするべきかと思ったが、女友達では「楽しんじゃえば〜」などと言われているので参考にはならない。この際、男の気持ちを聞いてみようとカオルは思った。
(零くんなら最後まで話を聞いてくれるよね)
 カオルは思い切ってここ半月くらいのモテ期について説明を始めた。

 三日にいっぺんくらいは誰かしらにデートに誘われること。セレブと呼ばれる種類の人から絵を描いてほしいと言われる。しかし、どうにも下心満載な感じであること。
 そんなカオルを妬んで、仕事関係の女性陣から嫌みを言われること。酷いときは身に覚えのない喧嘩を売られたこともある。
 それは寸前で他の人が止めてくれたけど、何故、そんな誤解が発生したのか見当がつかなくて困っていること。
「もう、アトリエから出るのもビクビクしちゃって、ここの割引チケットがなかったら引きこもろうかと思っていたの」
 割引チケットを無駄にしないのは金銭的に苦労をしたことのある為、それが勿体無いからだ。
 話を聞いていた零は周囲を見回す。
(なるほど……)
 彼はあることに気がつく。
「カオルちゃん、ちょっとそこにいてくれ」
 そういって彼は立ち上がると、スタスタと離れる。
 そしてしばらくして、にこやかな表情で戻ってきた。 


 零はカオルとケーキを食べ、彼女を住居兼アトリエに送り届けた。周囲に不審人物の気配はない。
「シルヴァ、レオにつないでくれ」
『わかったわ』
 しばらくして魔導輪シルヴァからレオの声が聞こえてきた。

「どうしたんですか、零さん」
「ちょっとマズいことになった。カオルちゃんの身に一大事だ。邪美と連絡が取れるなら俺のところに一緒に来てくれ」
 するとレオは詳しいことを何も聞かずに、わかりましたと答える。
(数でくると面倒だな……)
 零は空を見上げた。

 その日の夜、零の指定した公園にレオが邪美と烈花を連れてやってきた。
 邪美と烈花は一緒に修行の旅に出ているので、セットで来るのは零も予想はしている。
 ただ、武闘派が二人関わるというのは吉と出るか凶とでるか。
「カオルの身に何が起こったんだい?」
 鋼牙の幼馴染みでもある邪美が怪訝そうに尋ねる。連絡をしてきたレオ自身が何も知らない状態なので、邪美と烈花は焦ていた。
 零はポケットから一枚の札を出す。
「これを見てくれ」
 受け取った邪美の顔色が変わる。札は烈花、レオと移動したが、ほかの二人も眉を潜めたり驚いている。
「この界符は……」
「これは初めて見ますが、人を操る系統のものに見えます。こんなを何処で手に入れたのですか!」

『この町の人間に貼っているバカがいたのよ』

 零の魔導輪シルヴァも怒っていた。
 古い書物を引っ張りだしたのか、強引に新しく開発したのかは今の段階ではわからない。
 だが、人々をホラーから守ることを誇りとしている魔戒法師ならば、絶対に使ってはならないタイプのものである。
「やられたよ。そいつはカオルちゃんを別な男と駆け落ちさせるつもりで使われているらしい」
「駆け落ち!」
 この言葉に三人は思わず声を出してしまう。
 零の説明では、昼間、カオルを見つめる男がいたので『詳しく』話を聞くと、同じ作家のパーティで一目惚れをして、これから結婚を申し込むところだと言う。だからお前には負けないとまで啖呵を切られた。
「仲良く話をしていたから、ライバル視されたみたいだ」
 これが鋼牙ならからかいようもあるが、見知らぬ一般人では面倒なだけ。
 異端な界符に気がついたのは、その男のポケットからイヤな気配がするのをシルヴァが気がついたからだ。
 どうやら札から力が漏れるほどバランスが悪かったらしい。
「確かにカオルが他の男と駆け落ちしたら、昔の鋼牙なら追いかけないだろう」
「今は無理です! 約束の地から戻った鋼牙さんがカオルさんの駆け落ちなど知ったら壊れてしまいます」
 レオの的確な表現に、他の三人は思わず頷いてしまった。
「それで、私たちが捕まえればいいのかい? こんな界符を使う者を」
 邪美の決断は早かった。
 しかし、それについては、零も今は待ってほしいと言って止めた。
「こんな面倒なモノを作るのは暇な上層部の誰かだろう。それよりもご丁寧に数人の男たちは、これのおかげでカオルちゃんに執着している。彼女は今、男を選び放題というわけだ」
 その為カオルに関わる周囲の人間関係が魑魅魍魎状態で、変な対応すると彼女が怪我をしかねない。
「下手をするとこれ以外のものがバラ巻かれている可能性がある。俺よりもそっちのほうが専門家だろ。カオルちゃんに危害がないように出来ないか?」
 零の口から聞かされたカオルの状態は、既に悪意という名の空気がパンパンに入った風船みたいなものだった。
 うかつに針を近づければ風船は破裂して、カオルは誰かの嫉妬や怒りをまともに食らってしまう。
「こんなところにホラーたちのエサがあったなんて、絶対に指令が操作されているはずだ」
 そうでないと零とシルヴァに気が付かれずに『そういう環境』を作り出すのは難しい。
「とにかくカオルに会ってくるよ」
 邪美の言葉に他の二人も頷く。三人はこれからカオルのアトリエに向かうことにした。
 零はというと、これから仕事+指令の裏事情を探るために別行動を取るという。

 魔戒騎士たちを救うために大魔導輪ガジャリと契約をして、約束の地へ旅立った男の恋人を狙う。
 これは全魔戒騎士たちへの挑戦と言ってもいい。
(ふざけたことを!)
 零は目をギラギラさせて夜の闇に溶け込んだのだった。