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五ツ色の絵物語 番外編2 その1

 ギャノンを倒した後、真魔界から珀岩の谷に戻るのが、これまた一苦労だった。
 とにかく巨大な力を消滅させたのだ。空間が全然安定しない。
 無理矢理、魔戒道を作っても途中で空間が切断されたら、それこそ異世界に飛ばされかねない。
 そういう世界があればと言う前提の話ではあるのだが……。

 そんなときに頑張ってくれたのがレオだった。
 魔戒法師としての術に長けているこいつが、一番条件のいい場所で条件の良い魔戒道を作ってくれたのだ。こいつがいなかったら、たぶん半数以上は元の世界に戻れなかったかもしれないな。

 ところがなんとか地上に戻ってみると、今度は別の問題が発生していた。

「カオルが……?」  話を聞いた鋼牙が絶句するのは無理もない。俺だって心底驚いた。
 何しろカオルちゃんに霊獣の気が移っていると言うのだ。
 どうやら霊獣に直接会ったことか、彼女が霊獣の気を受けた絵筆を大事に持ち続けて滅多に使わなかったことが原因らしい。
 それでも本来なら特殊な処理を施さない限り、霊獣に会ってから体も筆も徐々に効果は薄れるはずだが、相手はあのカオルちゃんだ。
 ホラーの返り血を浴びたり、ヴァランカスの実の汁を飲んだり、メシアのゲートにされたりと体はいくつかの『魔』や『術』の影響を受けている。
 しかし、彼女自身は純粋で善良だ。霊獣に出会ったときそれらが好転したと言われても信じるよ。
 これを他の人間でも再現が可能かを試してみるのは無理な話だが。
 そして案の定、鋼牙は苦虫を噛みつぶしたかのような顔をしている。こいつの場合は慣れていないと、いつもと変わらないように見えるが俺にはわかる。
 どうせカオルちゃんを側に置くべきではなかったとか、自分には過ぎた女性なんだとか考えているんだろうなぁ。本当にこいつは朴念仁な黄金騎士だ。

「もしも突然変異種のホラーがカオルの血を一滴でも飲んで霊獣の力に対して耐性を持ったら、これからの戦いは今以上に過酷になるよ」
 邪美が鋭いことを言う。だからそこ魔戒法師たちは迷っている。カオルちゃんを閑岱に連れていくべきか、元老院にて鋼牙たち魔戒騎士に保護させるかを。
 邪美たち魔戒法師の懸念は分かる。霊獣の聖なる力は俺たちの生命線だ。それが効かなくなれば、戦いそのものが成立しなくなる恐れがある。
 しかし、この判断は俺たちの事情であり、カオルちゃんの自由を著しく奪う。 


 一瞬の間のあと、鋼牙が口を開いた。
「カオルは俺が守る」
 あ〜、そうだよ。お前ならそういうのは最初から知っているよ。
「だから彼女を守るためには、どうしたらいいかって言うことだよ!」
 思わず怒鳴ってしまった。
 慌ててカオルちゃんの方をみたが、彼女は別の魔戒法師と夢中で何かを話しているらしくこっちを見てはいない。

 そして鋼牙は分かりきったことを……という表情をしている。
「カオルを連れて谷を移動する。このときカオルを狙うホラーはすべて倒す」
「おい! また彼女を囮にするのか!」
「今、この時点で変異種はすべて倒しておく。そうすればカオルは自由だ」
 それはそうだが……。
 このとき、いきなりレオの魔導輪であるエルバが声を出して笑った。
「エルバ!」
 閃光騎士狼怒が慌てる。どうにも力関係ではエルバの方が上らしい。たしかにレオの気性じゃ、エルバに勝つには修行が足りないかもな。

『黄金騎士牙狼、あのお嬢ちゃんはあんたの嫁かい?』
 その言葉にその場の空気が凍った。本当に凍りつく音が聞こえたような気がした。
 たった一人、忍び笑いしている女の声が聞こえないわけでも無いが、とにかく凍りついたんだ。
「エルバ! 何を言っているんだ」
 レオに至っては真っ青になっている。
 そんな人間たちを放って置いて、魔導輪たちが会話を始めた。
『そうさ。カオルは鋼牙の唯一無二、最初で最後の嫁だ』
「ザルバ!」
 鋼牙もザルバを黙らせようとするが、怒鳴ったくらいでこいつらが静かになるわけがないだろう。
『いい子を嫁にしたね。霊獣の気を残す嫁ともなれば次の牙狼の称号を受け継ぐのにふさわしい子を産んでくれるよ。そうでなかったらレオの嫁として布道家に欲しいくらいだよ』
 たぶん、この時点でレオの胃には穴があいているだろうなぁ。なんだか可哀想になってきた。
 ところが俺のシルヴァまで参戦しやがる。
『私もその噂、聞いたことがあるわ。最初から霊獣の守りが得られているはずっていうことで、すごく強い子が生まれるだろうって』
 噂かよ! しかも、根拠ナシときた!!
「あんまり確証のないことを言うなよ」
 俺はシルヴァを窘めたが、シルヴァはどこ吹く風だ。なんで女はこういう話が好きなんだ。
 このとき、話を聞いていた翼が怒鳴った。
「鋼牙、お前は覚悟が足りない!」
 おぉっ! 良いことを言うね〜。
「守ると決めたら腹をくくれ、逃げ道を用意して物事に当たるな。俺は鈴が心配だ。あの子も魔に近づきすぎたことがある。考えたくもないが変異種が付け狙うかもしれない」
 それはそうだ。聖なる力に耐性が出来るのもイヤだが、己の魔力を強めるために魔に抵抗した人間を狙う奴もいるかもしれない。それを言い出したら、ここにいる全員が何かしらの理由で変異種の好物ってこともある。

 このとき雷鳴騎士破狼が結論を出してくれた。

「黄金騎士は自分の嫁さんを守れ。魔戒騎士は魔戒法師たちと小グループになって移動。変異種が出てきたらグループ単位で敵を撃破するんだ。単独での戦闘は避けろ」
 変異種のホラーに従来の戦い方が通用するかどうか分からないが、お互いに協力しあえば勝機は見える。
 そうやって俺たちは何度も今と未来を守ってきたんだからな。

 そして俺とレオは鋼牙たちと行動することになった。
 何しろカオルちゃんを守り通さないと、俺たちが生き残っても負けなのだから。