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後日談 聖域編

その女性がやって来たのは、ジュネが目を覚ました日の昼近くだった。
長い間眠り続けていた所為なのか、彼女の体力は昔よりも落ちている。
今も身体が怠くて、ベッドに横になっているような状態だった。
仮面を付けていることが、彼女の聖闘士としての意思表示とも言える。

「エウリュディケーさん……」
「覚えていてくださったのですね」
エウリュディケーは嬉しそうに笑った。
「ところで聖闘士さま。 大切な話をしなくてはなりません。
二人っきりになれますでしょうか?」
ジュネは瞬を見た。
彼はオルフェと共に、部屋を出る。

「これから話すことは、一度しか言いません。
そして信用しなくても構いません」
奇妙な前提ではあったが、ジュネは頷く。
「分かった。たとえ瞬に尋ねられても言わない」
「……では、聖闘士さま。
貴女はヘスティア様の神殿に暫く居てから、ヘカテ様の神殿にやって来ました」
「……」
「そこで知り合った巫女達は聖闘士さまを味方と思い、ある情報を話したはずです」
「……はい」
「その為、巫女達は情報を聖闘士に漏洩したという咎で、ヘカテ様が処罰されました」
二人の間に沈黙が流れる。
ジュネは目を潤ませながら、口を開く。
「言い訳はしない。 私を罰しに来てくれたのか?」
彼女は起きあがろうとしたが、エウリュディケーは再び彼女を横にした。
「いいえ、違います。 こちらがお願いする立場なのです。
ヘカテ様が処罰されたという事になっているので、どこかで巫女達を見かけても不問にしてください」
意外な言葉に、ジュネは目を見開いた。
「ど、どういうこと?」
「処罰などと言うことは、最初から無かったのです。
しかし、今の時代では巫女達の安全を図るには、聖闘士に重大情報を教えたという罪で処罰されたという話が必要なのです」
ひとつはこれから先、巫女たちが迂闊に神殿の秘密を漏洩しないように。
もう一つはそれを知らしめることにより、どの様な神に属する闘士たちも巫女たちに秘密を喋らせるような真似をさせないために。
秘密を知ろうとする者は全て敵。
それを徹底させる為にも、今回は聖闘士が他の神殿の巫女を死に至らしめたという話が必要だというのだ。
「しかし、それでは聖域の名誉が……」
「ですから、私には聖闘士さまにお願いするしかないのです」
ジュネが保身に走れば、女神ヘカテの神殿に属する者たちは本当に巫女たちを殺さなくてはならない。
反対に沈黙し続ければ、ジュネは常に巫女を死なせたと言われ続ける可能性がある。
「……」
だが、ジュネは迷わずに後者を選んだ。
「彼女たちが無事なら、私は全然構わないよ」
それを聞いたエウリュディケーは床に膝をついて、ジュネに感謝の意を示したのだった。


「しかし、アンドロメダも思い切ったことをしたようだね」
オルフェは瞬の左手に付けられている指輪を見た。
「これくらいしないと、後で問題が発生しそうでしたから……」
瞬は照れたように笑う。
「その気持ち、分かるよ」
オルフェも思わず納得した。
ふと、会話が途切れる。
「あの……、ダイダロス先生はみんなを連れて、アンドロメダ島に戻ったのですか?」
瞬の言葉に琴座の白銀聖闘士は黙った。
「先生は僕に、ジュネさんを聖域に引き止めるよう言いました。
本当に先生たちはジュネさんに会わないつもりなのでしょうか!」
思わず言葉に力が入る。
オルフェはしばらく黙った後、どこか遠くを見ながら口を開いた。
「アンドロメダ。僕らはダイダロスたちが遭った粛清の実情を見てはいないんだ。
だが、彼女はそれを見ている。
ダイダロスたちも、その悲劇を止められなかった。
もう、部外者がどうこう出来る問題じゃない」
「でも……」
瞬が言いかけたとき、部屋のドアが開いた。
そしてエウリュディケーが出てくる。
「話は終わったのか?」
彼女は頷いたが、ジュネにある人物を呼んで欲しいと頼まれたと言う。
「誰ですか?」
瞬は師匠のダイダロスだと思った。
しかし、エウリュディケーが言ったのは、魚座の黄金聖闘士の名前だった。


アフロディーテがジュネの居る部屋へ入る。
「この私を呼びつけるとは、なかなか度胸があるな」
彼は不機嫌そうな言い方をしたが、表情は柔らかい。
「さっさと話を終わらせたいからね」
ジュネは上体を起こす。
エウリュディケーがそれを支えた。
「私は先生から、この手を血で汚すときは女神を守るときのみと言われ続けた。
尊敬する先生との約束だから……、アフロディーテとは闘わないし敵としても狙わない。
だからそっちも私に関わるな」
ジュネの発言に、アフロディーテも瞬も驚く。
「話はそれだけだ」
彼女は拒絶を示すように、アフロディーテから顔を背ける。
魚座の黄金聖闘士は、しばらく彼女を見つめた。
そしてようやく出てきた言葉は、
「凄い聖闘士に成長したものだ。
さすがはダイダロスの弟子だけのことはある」
だった。

意外な反応に、ジュネはアフロディーテの方を見る。
「それではもし、お前が悪夢の持つ呪縛に囚われそうになったら、私にすぐ言え。
お前の為に、黄金聖闘士の地位を棄てても望みを叶えよう」
そう言って、アフロディーテはさっさと部屋を出て行った。
聖闘士同士の私闘は、固く禁じられている。
しかも、ジュネの場合は元凶の出来事が無かったことになってしまったのだ。
それの事を言っているのであろうが、瞬にはどうにも違う事のように聞こえてしまう。
ジュネもこれには、どう対応をして良いのか分からなかった。

(強敵だな……)
一連の出来事を見ていたオルフェは、瞬に少しだけ同情したのだった。


〜了〜