五老峰小話 その1


(2006.5月中旬 WEB拍手にアップ)

ある日の五老峰。
「春麗。いますか?」
ムウの声に、小さな女の子が慌てた様子で奥の部屋から出てきた。
「ムウしゃま!」
彼女はムウにしがみつく。
さっきまで泣いていたらしく、目を赤く泣きはらしていた。

「春麗。老師から聞きましたよ」
その言葉に春麗は顔を真っ赤にして再び泣き始める。
いつものように用があって五老峰へ来てみれば、原因が自分にあるという騒ぎの勃発。
原因は、春麗がムウの所に行きたいと言った事だった。
彼女は泣きながら家に戻ったと、何やら傷ついて打ちひしがれている童虎を放っておいて、ムウは春麗の様子を見に来た。
「だって、ムウしゃまのお家に行きたかったんだもの……」
しかし童虎はその約束すらしてくれず、春麗が癇癪を起した。
「私の家は、たいして面白い物は無いですよ」
彼は言葉を続けようとしたが、
(亡霊たちがうじゃうじゃいて、入り口が無いだけです)
とは、さすがに言えなかった。
「そうなの?」
「そうです。 もしかして春麗は私の家を楽しい場所だと思っていましたか?」
すると春麗は首を縦に振った。

話を聞いてみると彼女は、
『岩だらけの土地にある細い道をまっすぐに進むと、面白い人たちが道の脇で踊りを踊っていて、更にその先を進むとある“玄関が隠されている不思議な家”にムウは住んでいる』
と、思っていたのである。

微妙に外れではないが……。
(どんな説明をしたのですか!
老師!!!)
結局、春麗が大きくなってから一度は招待するという事で、この場の話は終わりとなった。
ちなみに童虎が何故打ちひしがれていたのかというと、ムウの所へ行きたいという言葉を、
『大きくなったらムウの所へ嫁ぎたい』
と、勝手に変換してしまったからである。
しばらくして違うと理解しながらも、思考を止める事は出来なかったらしい。
(溺愛にも程がある!)
ムウは大きくため息をついた。

「ところでムウしゃま。今日のご用は?」
春麗に服を引っ張られて、彼はようやく自分の用事を思い出した。
「今日は天気がいいから、麓の村へ買い物に行きますよ」
彼の言葉に、春麗は可愛らしい歓声をあげた。
─ 了 ─