目次

84. 言いかけた言葉

烙妖樹・後日談

一輝が聖域にやってきたのは、魔獣戦から二日後のことだった。
日本でエスメラルダの身に降りかかった災難を聞き、慌ててやって来たのである。

彼の来訪をエスメラルダは喜んだが、瞬は怒られてしまう。
「何故、俺に知らせなかった!」
その第一声に瞬はムッとする。ほとんど初めて見る兄弟喧嘩に、エスメラルダはオロオロとしていた。
「兄さん、無茶をいわないでよ。エスメラルダさんは星矢たちが守り通したし、僕はジュネさんを助けることで精一杯だったんだ」
魔獣との戦いは突発であり開始から終了まで3〜4時間くらいしかない。時間との勝負でもあった。
「……」
「そこまで言うのなら、兄さん」
瞬の目が鋭い光を持つ。
「エスメラルダさんにだけでも連絡を取っておいてよ」
一輝は常に弟の所在をそれなりに察知しているが、瞬の方は兄の行動が読めない。 今回の場合、瞬が聖域に向かうとき、一輝は旅に出ていたのだ。
その不満をぶつけられて、一輝は言葉につまってしまう。
「しかし俺は……」
そう言いかけながら一輝はエスメラルダを見た。 彼女は不安げに自分を見ている。
(エスメラルダ……)
誰かが自分の行動を監視しているような状態は息苦しく思える。
だが、エスメラルダの危機に際して役立たずでは己が許せなくなる。
「……わかった」
一輝は頷くしかない。
このとき瞬は心の中でガッツポーズをし、エスメラルダは不安げに「いいの?」と尋ねたのだった。