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82. 暗闇

「オルフェ。アンドロメダ島のお姫様って知ってますか?」
任務のため日本にやってきた琴座の聖闘士は、瞬の質問に驚く。
「お姫様?」
「……。先生もジュネさんも知らないと言うのだけど、何か聞いていませんか」
ダイダロスの親友であるオルフェは、当時何度かアンドロメダ島を訪れたことがある。
彼は腕を組みながら考え込んだ。
アンドロメダ島で修行している人間が知らないのでは、たまにしか行かなかった自分などもっと知らない話である。
そこへ城戸邸のメイドがお茶を持ってきた。
メイドが一礼して部屋を出たとき、ようやっとオルフェが言葉を続けた。
「どういうことなのか、詳しく教えてくれないか?」
「はい」
瞬は当時のことを思い出しながら説明をする。

アンドロメダ島は人が生きるには過酷な環境だった。
灼熱の日差しと凍てつく夜の気温により、瞬は体調を崩してしまう。最悪な気分の中で、彼は不思議な少女と出会った。
夜は灯がゼロに等しい環境で出会ったので、顔はよく分からない。
最初は幽霊だと思っていたが、少女が頬を触らせてくれたので瞬は相手が生きている人間なのだと納得した。
闇の中で彼女の髪には白いリボンがほのかに見える。
名を尋ねると彼女は『アンドロメダ島のお姫様』と答えた。 不思議とその呼び名を瞬は簡単に受け入れる。当時の彼は少女がそばにいることに安らぎすら感じていたのだ。
「ジュネよりも先に聖闘士になったら、きっと願いは叶うよ」
少女の言葉に幼かった瞬は喜ぶ。
「本当!」
そして何度も念を押す。
姉弟子のジュネとは少し距離を取っていたせいか、少女が島に来てから初めて出来た友達のようで嬉しい。
そのまま瞬が眠りにつくまで、少女はずっと一緒にいてくれた。
その後も少女は瞬が倒れると様子を見に来てくれたのである。
しかし、彼が修行を積み体が丈夫になると少女は現れなくなった。


あれから月日は流れ、瞬はジュネよりも早く聖闘士になる。
しかし、あの時の少女とは再会していない。
ダイダロスやジュネに尋ねるが、二人はアンドロメダの聖衣が擬人化したのではと答えるばかり。 兄弟子たちの方はというと、瞬は幻を見たのだと言って取り合わない。
「オルフェはどう思いますか?」
瞬は彼の言葉を待った。 オルフェは何かに気がついたらしく柔らかい笑みを浮かべる。
「アンドロメダはもう気がついているんだろ」
「えっ」
「お姫様の正体だよ」
瞬はしばらく黙ってしまう。 そして意を決したように答えた。
「……やっぱり、ジュネさんですか」
顔を赤くしながら瞬は頭を抱えた。 当時からジュネは仮面をつけていた。 だからこそ仮面を取った彼女は瞬にとって見知らぬ少女だったのである。
「ジュネさんに声が似ているとは思っていたけど……」
自分と同じように修行で疲れている彼女が看病に来るなんてない。 そう思い込んでいたから、最初から除外していたのだ。
「聖域に、女の聖闘士が仮面を取って弟弟子の看病をしたなんてバレたら面倒だろ。だから全員で口をつぐんだんだよ」
「……」
「ところで、見事にカメレオンよりも先に聖闘士になったんだ。願いは叶ったのか?」
オルフェの尋問に瞬はますます顔を赤くする。
「叶ったと思います」
その返事に琴座の聖闘士は意地の悪い笑みを浮かべた。
「それはよかった。そういえばユリティースから貰った白いリボン、何処に置き忘れたかな」
「えっ」
「あぁ、独り言。知り合いのところにいる女の子に渡してくれって頼まれたんだ」
かなり意味深な独り言だった。

その日の夜、話し相手にオルフェを選んだのは失敗だったかと瞬は思い悩んだ。
だが、彼は聖域に戻ってジュネを問いただすような人物ではない。
(それは分かっているけど、彼は絶対に気がついていた)
瞬が『アンドロメダ島のお姫様』相手に、自分の願いを喋っていたことに……。

「お姫様。僕、ジュネさんと仲よくなりたいんだ」
暗闇の中で幼い瞬は疲れた体を縮こまらせていた。
「なれるよ」
少女は彼の頭を優しく撫でる。
「迷惑をかけちゃったんだよ。それでも大丈夫? 僕のこと好きになってくれるかなぁ」
「それはどうだろう。でも、ジュネよりも先に聖闘士になったら、きっと願いは叶うよ」
「本当!」
「だってそれくらい努力したのなら、絶対にその気持ちは伝わると思う」
「本当だね」

実際は本人に告白しているのだから、努力以前の話である。
この間抜けなオチに、彼は恥ずかしさのあまり寝込みたくなった。