目次

57. 白と黒

懐かしい温もりを感じながら微睡む。
目を覚ませば、それらは全て消えてしまうだろう。

「白き乙女」
彼女の手が、余の髪に触れる。
あぁ、やはりそうだ。
「分かりましたか」
乙女の声に、目を開けたい衝動に駆られた。
だが、開けるわけにはいかない。 これは夢なのだ。
「白き乙女。美しきレウケー。
余はもう、そなたを思い出にせねばならない」
懐かしき乙女は、すでに白いポプラの木になっている。
彼女の手を取る事は出来ない。
「そなたを無理やり冥府へと連れていった事、今も恨んでいるのか」
勝手な話だが、余は冥妃の為にも在り続けなければならない。
「愛しき者よ」
返事によっては、レウケーを消滅させねばならないだろう。
だが、彼女は尚も余の頭を優しく撫でている。
「わかっております。
私は死すべき定めの者。
たとえ再生の言霊を得ても、うまく使えるかは分かりません。
ただ、私は貴方様に逢えて嬉しかったと言う事を、直接伝えたかっただけです」
「……そうか」
レウケーの言葉は優しい。
良き夢の続きが見れそうだ。
暗闇の世界へと戻ろう。

「ジュネさん!」
姉弟子に膝枕をしてもらっていた瞬は、いきなり上体を起こすと彼女の方を向いた。
二人がデートをしていた公園の木陰に、さわやかな風が吹く。
「今、誰と話をしていたの!」
「誰とって、何の話?」
不機嫌な表情のジュネは、ぶっきらぼうに答える。
「……」
「何か寝言を言っていたようだけど、今度から美しきレウケーさんに膝枕をしてもらったら?」
彼女の意外な言葉に、瞬は返事に窮した。

(どう説明すれば良いのかな……)

冥王を呼ぶのは不可能に近いし、出来たとしても向こうは絶対に無視するだろう。
瞬は再び横になり、ジュネの膝に頭を乗せた。
「僕はジュネさんと話をしていたと思っていたんだけどなぁ」
年下の恋人に甘えられて、ジュネもそれ以上は何も言わなかった。
彼女の手が瞬の頭を優しく撫でる。
瞬はその手が夢の出来事と同じだなと思いながら、再び目を閉じたのだった。